錦のごとき艶やかな「岩国寿司」を味わう。豪華絢爛な美しさの秘密はその豪快な製法にあり!

2016.03.13 更新

全国各地には多種多彩な郷土料理が存在しますが、お祝い事の時や家族・親族が集まった時に食べる特別な料理も少なくありません。山口県岩国市に伝わる郷土料理「岩国寿司」も、ご当地ではお祝いの席には必須の一品。「殿様寿司」という異名を持つ、錦のごとき豪華絢爛な美しさの秘密を探りました。

山口県岩国市といえば、錦川にかかる五連のアーチが美しい木造橋「錦帯橋(きんたいきょう)」が有名。橋の正面の山上には岩国城が見えるとおり、たもと一帯は旧岩国藩の城下町として栄えました。この城下町で生まれたのが、農林水産省による「全国郷土料理百選」にも選定された「岩国寿司」です。
▲「日本三名橋」の一つに数えられる錦帯橋。橋の下からは木組みも見ることができる(往復入橋料:中学生以上300円、小学生150円、ともに税込)

「岩国寿司」は、例えるならちらし寿司と押し寿司を組み合わせたようなスタイル。岩国市民にとってはお祝い事の料理として欠かせない一品であり、地元のスーパーでは店頭に並ぶことも珍しくありません。
▲四角い形、酢飯の上にのった彩り鮮やかな具材が「岩国寿司」の特徴。これで1人前の分量

また、観光客向けにも郷土の名物を味わってもらおうと、錦帯橋付近の旅館・ホテルや飲食店などで提供されています。酢飯や具材に使う野菜や魚など細かな部分が店ごとに異なるため、食べ比べを楽しむこともできます。

まずは、錦帯橋そばのバスセンターや岩国市観光協会などで配布されている「岩国寿司図鑑(食べ歩きマップ付き)」を手に入れましょう。また、岩国市の観光案内サイト「旅の架け橋」からも同じ内容を見られるので、予約が必要な店など出発前に確認することができます。
▲「岩国寿司図鑑」では、各店の「岩国寿司メニュー」が写真付きで紹介されている

今回は、錦帯橋を目の前に見ながら食事ができる「もてなし処 平清(ひらせい)」と、城下町の風情を残す街並みに佇む割烹旅館「半月庵(はんげつあん)」を訪れました。

ロケーション抜群!「平清」で名勝・錦帯橋を眺めながら味わう

錦帯橋の目の前にある「平清」は、店内からも錦帯橋を眺めることができ、中でも錦川、岩国城までもが一望できる窓際は超がつくほどの特等席です。
▲橋の渡り口から歩いてすぐの場所にある「平清」。2階の大きな窓が目印
▲店内からの「錦帯橋」全景は圧巻。五連のアーチ、橋の表裏すべてを見ることができる
▲店内の椅子はなんと「錦帯橋」の廃材が使われている。「平成の架け替え(2001年~2003年)」時にオークションで入手

注文したのは「じゃのめ御膳」。「岩国寿司」に加えて、同じく山口県の郷土料理の「大平(おおひら)」、地元食材「岩国れんこん」の三杯酢やはさみ揚げがセットになっています。
▲岩国名物三昧が楽しめる「じゃのめ御膳」(税込1,700円)。れんこんのはさみ揚げの中身は“企業秘密”

こちらの「岩国寿司」には酢飯の中に岩国れんこん、鰆、にんじんが混ぜ込まれているのが特徴。酢飯の上には刻み大葉、錦糸玉子、でんぶ(岩国では「おぼろ」と呼ぶ)、味付け椎茸がぎっしり。
▲「平清」の創業は1858(安政5)年で、「岩国寿司」は当時のままの味が受け継がれている

一口食べると、上品な味わいの酢飯、椎茸、れんこん、錦糸玉子、次々に味が変化していきます。なんだか口の中でお祭りのパレードを楽しんでいるような感覚、美味しい~!
▲「大平」とは野菜と鶏肉などで作られる汁気の多い煮物で、「岩国寿司」同様に店ごとにこだわりがある

そして、「岩国寿司」の次は「大平」。酢飯の風味が残る口の中で、今度は出汁と具材の優しい旨みが広がります。この郷土料理二品の相性たるや最高の組み合わせといえます!

「食感と旨みの変化など、じんわりと広がる深い味わいも『岩国寿司』の美味しさの秘密です」と同店の七代目当主・神尾紀一郎さんは話します。
▲窓の横には、過去に同店で使われていた寿司用の木枠が飾られている

城下町に佇む割烹旅館「半月庵」。小説家・宇野千代ゆかりの宿で味わう

次に、錦帯橋から歩いて5分ほど、白壁に囲まれた路地に佇む「半月庵」へ。創業明治2年、小説家・宇野千代ゆかりの宿で著作「おはん」「風の音」などの舞台にもなりました。
▲旧城下町の風情を残す白壁の街並みに佇む「半月庵」
▲館内には宇野千代に関する展示もある

注文したのは「岩国寿司膳」で、こちらも「大平」を一緒に味わえます。まず、目に飛び込んできたのは目映いほどに敷き詰められた錦糸玉子、どんな具材に出会えるのか心躍ります。
▲「岩国寿司」と「大平」が味わえる「岩国寿司膳」(税込1,728円)。両方に「岩国れんこん」が使われている

錦糸玉子の層をめくると、岩国れんこんの酢漬けのスライスが現れます。その下には春菊、でんぶ、煮穴子と椎茸がぎっしり!色のコントラストがなんとも食欲をそそります。
▲錦糸玉子の下には大きめにスライスされた岩国れんこん

さっそく酢飯、具材を一緒に頬張ります。ふんわり錦糸玉子、あっさり酢飯とれんこん、甘辛い穴子と椎茸、春菊の爽やかさが渾然一体、美味しい~!特に濃厚な穴子と香り豊かな春菊の味わいがアクセント。次から次へと舌を楽しませてくれる旨味の濃淡がたまりません。

同メニューでは、2層に重なった状態で「岩国寿司」が提供されるのがポイント。後述する作り方を頭に入れておけば、一度に2層分を味わう贅沢さも堪能できます。

そして、やはり「岩国寿司」と「大平」の相性は抜群。優しいお出汁と程よい煮込み加減の野菜、二度ほど寿司と一緒に味わってそれを確信しました。

約150人前が一度にできあがる!作り方は豪快の一言

「岩国寿司」は、専用の木枠で作られます。旅館や飲食店では特注の特大木枠が使用され、大きいものではお米10升分が入るサイズもあるのだそうです。

ちなみに、今回訪れた「半月庵」では4升のお米が入る木枠で、一度に4層分を重ねて約150人前が作られます。また、「平清」でも、通常は1層ずつ作られていますが、特別に5層分を一度に作る場合もあるそうです。

その工程はとにかく豪快!百聞は一見にしかず、「平清」での製造の様子を写真で辿ってみましょう。
▲まずは専用の木枠に下敷きとなるチシャの葉が敷かれる(写真提供/平清 写真は2層分)
▲続いて酢飯が詰められていく(写真提供/平清)
▲さらに酢飯の上には椎茸や錦糸玉子といった具材をぎっしりと(写真提供/平清)
▲下敷きのチシャの葉、酢飯、具材の順で、さらに2~5層分繰り返される(写真提供/平清)
▲木枠に蓋をする。蓋が頑丈に作られている理由はというと…(写真提供/平清)
▲蓋の上に乗るのはなんと人!全体が大きいだけに人が体重をかけて押し込むのが最適な加減なのだそう(写真提供/平清)
▲しっかり足で押さえて木枠を抜き取る(写真提供/平清)
▲「岩国寿司」のできあがり!(写真提供/平清)
▲「岩国寿司」が幾重にも重なった豪華絢爛な姿は、言葉を失うほどの美しさ。長包丁で切り分けられる(写真提供/平清 写真は5層分)

旅館やホテルによっては目の前で実演を見ることも可能です。ただし、団体予約など条件が限られますので「岩国寿司図鑑」参照の上で、事前に各施設へお問い合わせください。
※「平清」では実演の受け付けはありません

江戸時代後期には郷土に定着。お祝いの席に必須の一品に

岩国市文化財保護課によると、「岩国寿司」は江戸時代中期に当時の大坂で食べられていた箱寿司にルーツがあると推定されているとのこと。大坂には江戸時代に岩国を治めた吉川氏の蔵屋敷があり、現地に長期常駐した家臣やその関係者たちによって箱寿司が岩国城下に伝えられ、「岩国寿司」の原型となったと考えられています。

過去の調査によって「文化七年」(1810年)と記された寿司用木枠も発見されており、江戸時代後期には「岩国寿司」としてすっかり庶民の間に定着していたようです。

なお、起源については、江戸時代初期に岩国城が築城された直後、初代藩主・吉川広家の命によって保存食として考案されたとするものなど諸説も存在します。城下町の店によっては、藩主への献上品として作られたという伝承もあり、「殿様寿司」という呼び名はここから来ています。
▲岩国城(現在の城は1962年建造)は一国一城令により、1608年の建造からわずか7年で破却。実際に吉川の“お殿様”が「岩国寿司」を食したかどうか、想像を楽しむのもまた歴史のロマン

明治時代以降には、やがて見た目の華やかさからお祝いの席に欠かせない一品となりました。岩国の結婚披露宴では、現在でもウェディングケーキではなく「岩国寿司」への入刀が定番となっています。

大正から昭和末期にかけては家庭でも一般的に作られており、「半月庵」の森本洋一社長は「この一帯では、お寿司といえばにぎり寿司や巻き寿司ではなく『岩国寿司』というのが当たり前でした」と幼少期を振り返ります。

また、森本社長の母親、女将の博子さんは「家庭向けサイズの寿司の専用木枠があり、かつては嫁入り道具の一つとして持たされることも多く、日用品の店に行けば簡単に手に入りました。今では手作りする家庭も少なくなり、店頭で木枠を見ることもほとんどなくなりました」と話します。

幸運にも「半月庵」近所の金物店「まつしげ」で家庭用サイズの木枠に出会うことができました。店主の松重博子さんによると、店頭に置かれた品(2016年2月2日時点)が最後の一つ、それが売れてしまえば取り扱いをやめてしまうそうです。
▲超貴重な家庭用サイズの専用木枠(2升サイズ、税込23,760円)。朴(ほお)の木で作られており、とても頑丈

錦帯橋一帯は山口県内随一の桜の名所。飲食店によっては「岩国寿司」のテイクアウトが可能です。また、清流・錦川が流れる岩国は地酒も逸品揃い。豪華絢爛な「岩国寿司」を味わいながら花見で一献、きっとあなたも殿様気分になれるはずです。
▲桜の季節の錦帯橋。川の両岸には約3,000本の桜が並ぶ
▲錦帯橋と夜桜の共演も必見(写真提供/岩国市観光振興課)
兼行太一朗

兼行太一朗

フリーライター・カメラマンとして、山口県を拠点に活動中。 主に旅行、グルメ、歴史、地方創生などについての書籍やウェブサイトを中心に取材・執筆を行っている。拠点とする山口市では、歴史資源を生かした地域活性化に取り組むNPO法人「大路小路まち・ひとづくりネットワーク」にも所属し、守護大名大内氏や幕末に関する史跡、ゆかりの場所や人物についての取材を担う。(編集/株式会社くらしさ)

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