鹿児島の春グルメ「酒ずし」を味わうなら、老舗郷土料理店「熊襲亭」へ

2016.03.29 更新

鹿児島に春を告げる郷土料理・「酒ずし」。「押し寿司」のように見えますが、たっぷりの地酒で米を発酵させてつくる「なれ寿司」の一種です。つくるのに手間ひまがかかる「酒ずし」。その作り方と歴史についてお伝えします。

創業昭和41(1966)年の老舗「熊襲(くまそ)亭」

「酒ずし」は江戸時代から鹿児島に伝わる春のお寿司です。でも、つくるのに手間ひまがかかるせいか、年々つくり手が減少し、現在では「酒ずし」を提供する飲食店も数えるほどしかありません。そんな状況の中、鹿児島市内で「酒ずし」の伝統を今でも大切に受け継ぐ老舗郷土料理店「正調さつま料理 熊襲亭」を訪れました。

「熊襲亭」は数ある県内の郷土料理店の中で、一品料理ではなく、懐石料理のスタイルで郷土料理を提供した店舗の先駆け的存在。店内はいつも観光客や帰省客で賑わっています。

「酒ずし」のつくり方

創業時、「熊襲亭」には「酒ずし」のメニューはありませんでした。メニュー化に踏み切ったのは、県外から鹿児島に嫁いできた先代女将。NHKの連続テレビ小説「おはなはん」で「酒ずし」を見て、思い立ったのだそうです。

「酒ずし」は発酵食品なので、季節や温度によっても味が変わってしまう、繊細な料理。最初は発酵に失敗することが多かったそうです。試行錯誤を繰り返し、苦労の末に辿り着いた「熊襲亭」の「酒ずし」は、どうやってつくられているのでしょうか。
▲これは20人前のおひつ。「熊襲亭」では人数に応じてサイズを使い分けている

「酒ずし」は酢を使わず、ご飯と同量の地酒で発酵させてつくります。まず米を炊き、アツアツのご飯をおひつに敷き詰めたら、次に炊き上がったご飯の半量の地酒をかけてあら熱を取り、さらに残った地酒を振りかけながら具とご飯をミルフィーユ状に重ねていきます。そして一昼夜寝かせ、しゃもじで人数分に分けたら完成です。
▲ホールケーキを切り分けるようにすると、断面に具材の層が見えてきれい

意外とシンプルなつくり方?いえいえ、「酒ずし」は具材がとっても多いんです。「熊襲亭」で使われている具は、シイタケ、厚焼き玉子、エビ、三つ葉、木の芽、ツワ、サクラ鯛、タケノコ、イカの9種類。そのほとんどを別々に炊いて味つけしているのです。たとえばエビやイカはさっと火を通してうす味に、シイタケは濃いめに甘辛くといったように、具材の持ち味を活かしながらも、口に入れたときに味がきちんとまとまるように、完璧なバランスで仕上げなければなりません。確かにかなり手間がかかりますね。
▲断面を見ると具材がぎっしり!

「酒ずし」に使われる特別な地酒「灰持(あくもち)酒」とは?

こうしてつくり方を聞いてみると、かなりの量の地酒を使っていることがわかります。ということは、地酒にもこだわりがありそうですよね。

「地酒」といっても、「酒ずし」に使われているのは一般的な清酒ではなく「灰持酒」というお酒。その名の通り、もろみに灰汁を入れて仕込みます。一般的な清酒はご飯になじみにくいため、「灰持酒」でないとおいしい「酒ずし」はつくれません。「灰持酒」は、本みりんに似た甘い味わいで、昔は郷土料理に広く使われていたほか、お屠蘇(おとそ)としても飲まれていたそうです。
▲そのまま飲んでもおいしい「灰持酒」

前日に仕込んだ「酒ずし」に、女将さんは甘くておいしい「灰持酒」をたっぷりと振りかけていきます。「さすがにそんなにかけたらお酒くさくなってしまうのでは…」と内心不安になっていると、女将さんが「とりあえず召し上がってみてください」と「酒ずし」を取り分けてくださいました。
まずは香りをチェック。確かにお酒の香りはしますが、いわゆる「酒臭い」感じはしません。むしろ甘くて芳醇な良い香り。口に入れると、甘く香り立つご飯と手間ひまかけて炊いた具材が絶妙なハーモニーを奏でます。角がなくまろやかな味わいの中に、具材の異なる食感がアクセントとなって、一口、もう一口と箸が進むおいしさです。鼻に抜ける木の芽の香りも爽やかで、さっぱりとした後味です。でも、お酒をたっぷり使っているので、食べるともちろん酔いますよ。
▲酔わないように一口だけいただくつもりが、箸を止められない筆者

「酒ずし」の誕生秘話

「熊襲亭」では、希望者に女将さんが「酒ずし」の歴史を説明してくれます。女将さんによると、「酒ずし」は、江戸時代に武士の奥方がお花見のときに食べていた料理なのだそう。

「当時は男尊女卑の時代なので、女性は男性の前でお酒を飲むことができませんでした。でも、お花見のときぐらいお酒を飲みたい。とはいえ、堂々と飲むのもはばかられるから、お寿司に混ぜたというわけです」。「酒ずし」にこんなに大量のお酒が入っている理由が「女性たちが酔いたかったから」とは、何とも微笑ましいエピソードです。

「鹿児島の郷土料理は、さつま揚げとか豚骨とか、見た目がわりと無骨なものが多いのですが、酒ずしは華やかでしょう?お花見気分を盛り上げてくれそうな見た目の美しさも、酒ずしの魅力ですね」と女将さんは言います。

「酒ずし」は、当時の女性たちにとって、年に一度のお楽しみだったに違いありません。日々武士である夫に尽くし、控えめにふるまう奥方に残された、たった1つの「羽目を外すための方法」。「酒ずし」には、薩摩の女性たちの切なる願いが込められていたんですね。
▲「熊襲亭」二代目女将の黒川牧子さん

コース料理で鹿児島の郷土料理を満喫

「熊襲亭」では、「酒ずし」をコース料理で楽しむことができます。コースには、キビ刺し(キビナゴの刺し身)や黒豚の豚骨(豚の骨付きあばら肉を大根やこんにゃくと煮た、豚の角煮のような料理)、さつま揚げ、さつま汁など、鹿児島を代表するメニューがズラリ。中でも観光客に人気の高い豚骨は、秘伝のダシを継ぎ足しながらつくる「熊襲亭」こだわりの逸品。焼酎や黒糖で柔らかく煮た豚肉は、口に入れるとほろっととろけます。
▲写真手前が「豚骨」、右の「キビ刺し」は酢みそで食べるのが鹿児島流。「酒ずし」の付いたコースは税込5,400円~

郷土料理には、先人たちの物語がある

「薩摩には、『自分は粗末なものを食べていても、お客様にはごちそうを振る舞う』という風習がありました。例えば、肉の身はお客さんに食べさせて、自分たちは骨をスープにして食べるというような。そんな薩摩の人々のスピリットや歴史文化を受け継ぎながら、これからも時代に合わせた郷土料理を提供していきたいと思います」と女将さんは言います。

女将さんの話は、たった一つの郷土料理から、薩摩の歴史、文化、県民性にまで広がります。郷土料理は歴史そのものであり、それを次の世代に受け継ぐことは、先人たちの思いを語り継ぐことのなのでしょう。
▲「熊襲亭」の店内は落ち着いた雰囲気。季節の花が目を楽しませてくれる

薩摩の女性の願いがこめられた「酒ずし」。「熊襲亭」では通年提供しているので、他の郷土料理とともにぜひ一度、食べてみてください。そして、「酒ずし」を食べる際は、公共の交通機関でお越しくださいね。
さわだ悠伊

さわだ悠伊

鹿児島市出身・在住のフリーライター。グルメ、旅、コラム等ジャンルや媒体を問わず活動中。鹿児島県内の離島取材も豊富。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る
PAGE TOP