伏見稲荷大社 朱の鳥居がどこまでも続く「願いの通り道」

2016.01.02 更新

伏見稲荷大社。京都に来る外国人の多くが、ここを目当てに訪れるという。延々と続く「千本鳥居」は、まるで朱の光さす迷路のよう。インターナショナルな人々を惹きつけてやまない、神秘的な魅力に迫る。

境内はまさに人種のるつぼ。
国際観光都市を代表する大社

訪れたのは11月も終わりに近い某日。早朝にも関わらず、多くの参拝者が集っていた。制服姿の少年たち、健脚自慢のご老体、高そうなカメラを抱えた御仁など、その姿は様々だ。
中でも目立つのは、外国人観光客の姿。アジア系、中東系、欧米系…世界各国の人々が訪れている。まさに国際観光都市・京都を感じる場所だ。
手水にてお清めを済ませ、巨大な楼門をくぐる。この楼門は、神社のものとしては最も大きい部類に属し、天正17年(1589年)に豊臣秀吉によって造営された。
続いて本殿に参拝。本殿は一度応仁の戦火で焼失しているが、明応八年(1499年)に再建された。豪華といっていい美しい装飾は、安土桃山時代の気風に通じるものだ。国の重要文化財にも指定されている。
伏見稲荷大社は全国に三万社あるといわれる稲荷神社の総本宮。起源は和銅4年(711年)、豪族秦伊呂具(はたのいろぐ)が稲荷山の三ヶ峰に三柱の神を祀ったのがはじまりと言われている。
五穀豊穣、商売繁盛、家内安全など、様々な願いを叶えてくれる神として、庶民から為政者まで幅広く信仰されてきた大社だ。
境内のいたるところで祀られている、伏見稲荷大社の象徴でもある「白狐(びゃっこ)」は、稲荷大神に使える眷族(けんぞく)=神様の使い。本来は目にみえない存在(透明=白)ということで白狐、と呼ばれ愛されている。
▲珍しい白狐の絵馬。願いごととともに、思い思いの狐の顔が描かれている

願いの数だけある鳥居。
神秘的な道を歩く

本殿背後から奥社奉拝所までの約150m、鳥居が隙間なく並ぶ道を千本鳥居と呼ぶ。多くの観光客が足を止め、その神秘的な光景を焼き付けていた。
朱の光に包まれるその道は、多くの人が歩いているのにも関わらず、不思議な静寂に包まれていた。
▲朱(あけ)は赤・明・茜などの明るい希望の色。太陽・生命・生産の力が稲荷大神のみたまに力を与えているのだそうだ
この鳥居は、心願成就を祈念して、または成就の感謝をこめて奉納されたもの。人々の願いが「通る」「通った」証でもある。この風習は江戸時代に興り、現在にいたるまで続いている。

千本鳥居のその先も続く、
願いが通る祈りの道

千本鳥居を抜けたら、稲荷山全体を遥拝する奥社奉拝所に到着。ここで引き返す観光客も多いが、実はここから先もまだまだ祈りの道は続くのだ。
神様が降臨したと言われる稲荷山。山頂・一ノ峰まで約2kmの道のりを歩く「お山めぐり」こそが、参拝の醍醐味と言える。本殿から往復約2時間の道のり。ぜひチャレンジを。
▲熊鷹社(くまたかしゃ)。池に突き出た石積みに拝所が設けられ、熊鷹大神のお塚が鎮まる
▲熊鷹社を望む新池。池に向かって手を打ち、こだまが返ってきた方向に尋ね人が見つかるという伝説が残る
▲山の中腹・四ツ辻にある案内板も英語表記でインターナショナル。一ノ峰までもうひと頑張り
▲四ツ辻近辺からの眺め。京都市の南側を一望できる絶景ポイント。笑いかけのヒザも小休止
▲御劔社(みつるぎしゃ)。山上古図に釼石(雷石※つるぎいし/かみなりいし)と記され、稲荷山の三つの峰と同じく古くからの神祭りの場であった
▲霧の森を抜け、息を切らせてたどり着いた一ノ峰上社(いちのみねかみしゃ)。稲荷山山頂、標高233m。末広大神と崇められている
山頂までの道も山頂からの道も、決して楽な道ではない。一歩一歩進むうちに思考は消え、耳に響くは呼吸のリズムのみ。
ただ、無心になって歩く。それこそが真摯な祈りの姿であり、国境や文化を越えて人々に伝わる魅力になっているのではないだろうか。
朱の鳥居の連なる道を、真っ白な心で祈り歩く。叶えたい願いがある人は、ぜひ伏見稲荷大社を訪れて、願いの通り道を歩んでみては。
妙加谷 修久

妙加谷 修久

京都市在住の旅行系ライター兼ディレクター。全国各地に足を運び、旨いモノを食べ、温泉に浸かる日々。ここ京都を中心に、知っているようで知らない「日本のイイトコロ」を紹介します。日本酒好きが高じて利き酒師の資格を取得しました。

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