粋なおとなが集うバーVol.3京都「タバーン・シンプソン」「川崎BAR」

2016.04.01

それぞれの街ならではの空気がただよう酒場に、客が今日も集まってくる。立ち上がるその「香り」は店の数だけある。共通しているのはどこも「顔のあるバーテンダー」がいて、それ目当てに機嫌のいい酒好きがカウンターで飲んでいることだ。

▲ホットウィスキーは我々を助ける旗印だ

「バーしか行くところがないのだ」という、とても絵空事だけれど喫緊の課題、いや、バーと街の核心を初っ端に書きたいと思う。

バーで飲むのは楽ではない。楽ではないがバーならではのスタイルがあるからたとえ初めての街の初めてのバーだったとしても、カウンターの一席で飲んでいるうちにとても楽になってくる。自分が飲んでいるその席のその瞬間は私有の空間のように思えるからだ。
言い換えればバーの中で与えられた私的な場所と時間。そんなことが起こり得るのはパブリックなバーだけだ。あー、だめだ。なんだか説明しにくいことを伝えようとしている。

銀座ほどでもないが、京都にもたくさんバーがある。格式や歴史や設えが素晴らしいバーもあるが、それを紹介するのは私の仕事ではない。今回紹介する2軒の店はこの街で生まれ磨かれてきた酒場だ。

京都が誇る黒帯達のバー

▲「たとえあなたが行かなくても店の明かりは灯ってる」という名フレーズが出る

「タバーン・シンプソン」は、河原町御池近くの細い筋を入ったところにある酒場。ドアが開くのは夕方5時。開店すると年配のお客さんがポツリポツリと単騎で入ってこられるそんなバーだ。
本当はこれだけでこの酒場がどのような店なのかを紹介できている気がするがもう少し続けたい。
▲酒場が面する通りは狭い方が酒もなぜかうまくなる。そういえばここもあそこもそうだ

マティーニやショートカクテルを強要するかのような空気でもなく、バックバーに並んだボトルの数の多さに圧倒されることもない、シンプルで奇をてらわない肩に力が入っていない、いわゆるナチュラルな構えの黒帯のバーだ。
▲店にあるもののすべてからシグナルが出ている。だから店はおもしろい。この店は特に

それ故か、この店には過ごす時間と酒に対して肩肘張ることなくそれを大事にされているお客さんが多く、現在57歳の私が今でも後輩でいられる貴重な酒場でもある。
▲いつもあたたかい笑顔で迎えてくれる陸口宗克(むねかつ)さん

私が他の街の人間をこの店に連れて行くと、帰りがけの階段を降りたときに「お前ええなあ、こんな店があって」とほぼ全員が言う。そんな店だ。
▲ウイスキーのボトルはいつもこちらを見てくれている。ボトルに顔があるように酔客にも顔がある

気の利いたサイドディッシュしかり、フランクな料理しかり、飲んでも食べてもとてもゴキゲンに出逢えるのでどんなシチュエーションでも足が向いてしまう。
▲スタンダードなオムレツ500円、オニオングラタンスープ700円。じつにシンプルで気が利いているメニューだ

飲み物はビール700円、グラスワイン800円、ウイスキー800円~、サイドディッシュが500円。お勘定をした時に値打ちあるなといつも思ってしまう。
酒場の魅力が「気づき」だとしたら「タバーン・シンプソン」は最高の店だと思う。
▲コースターが置かれた時から物語が始まるのか。いや、ドアを開けた時からか
▲そしてコースターの裏にはいつの間にか絵が描かれていた
静かな夜もあれば大人達で溢れている夜もある。酒場やバーの表情は一定ではないがそこには人格がある。

※価格はすべて税別

どこがいいと表現できない魅惑の酒場

「川崎BAR」というバーが先斗町の歌舞練場前に2016年に新しく開店した。
といってもキャリアのない酒場ではない。京都の縦横斜め老若男女が行き交うセントラルステーションのような酒場として30年以上人気のあった「バー・アルペジオ」が建物の老朽化などもあり一旦閉店して名前も新たに開店した酒場が「川崎BAR」という店だ。

京都以外で一度も暮らしたことがない、街デビュー40周年近い俺が半端ではないということを保証する。
けれども街で「半端ではない」ということは、それは実に半端で出来の悪いところもある酒場ということでもある。

我々は自身の出来が悪いことを自己診断しているから飲む前は出来のいい酒場に行きたがる。けれどもその出来のいい酒場に秘められたダメさを感知する能力に長けているからややこしい。わかりにくいけれどその感知能力こそが酒場しか行くところがない我々の大事なところなのだと思う。
▲随分昔から「木屋町の苦労人」と呼ばれているマスターバーテンダーの川崎浩一氏。酒より酒場をよく知っている

「バー・アルペジオ」のマスターだった川崎氏が自らの名を店名にしたこの酒場は、開店直後からかなりこなれた店になっている。いやなりすぎている。少し暗めの店内には居心地のいいやわらかさと傷と滲みがある。
そしてそこには街場で修業を重ねてきた手練れのバーテンダーが3人もいる。そのバーテンダーはお客がここに何をしにきているのかを見抜く能力があり、その加減が出来るところがこの店の凄いところかも知れない。
▲もはや木屋町の伝説となっている小島謙司(けんじ)氏。ジャックのけんちゃんとも呼ばれている
▲昔は「モアイ」と呼ばれていた雑学豊富な岩谷志雄(しお)氏。ほんとにいろいろ知っている。黙っている時も渋い

ウイスキーやカクテルは800円ぐらいからでチャージは300円。ボトルキープをすればセット料金は1,050円。生ビール735円、グラスワイン840円。安いと思う。

▲牛肉の大和煮やオイルサーディン、ソーセージなどの缶詰がある(各840円)。うまいことできた肴である

余談になるがこの店は時々、妙にグッと来るレコードがかかる。
俺は生涯好きな歌のベスト10位までにクレイジーケンバンドの「路面電車」という歌が入る。歌詞もメロディーも最高だと思う。大好きな矢沢永吉の「チャイナタウン」は同時代というエコひいきがあり7位。岡林信康の「つばめ」が5位以内に入る。1位は秘密だけれど3位以内にはダリダとアラン・ドロンの「あまい囁き」が中学の頃に初めて聞いた時からそこにいる。俺は何の話をしているんだろう。
▲たまたま隣り合わせた年配の女性客から教えてもらったトリノ産のスイートベルモット「アンティカ・フォーミュラー」シングル1,200円。ストレートかロックで

「川崎」というバーが2016年に店を開けた。旅をして京都でちょっと飲む、そこには好き嫌いや合う合わないがあると思うが、俺が旅をして京都に来て迷い込んで泣きたくなるのは、今はこの店だと思う。

なぜなら、今俺はその「川崎」というバーで山口百恵の「イミテーション・ゴールド」を聴きながらこれを書いているからだ。不真面目なのではなく現場感やその時々に移ろう酒場の素敵さを伝えたいから現場で書いているだけだ。

旅をするならその土地の人達が愛する店に行くべきだ。その店と自分が合わなくてもいいじゃないか。さあ、ドアを開けよう。
▲その素材、匂い、暗さ、ボトル、音楽、街のノイズ、それらが重なるといい味わいになる

※価格はすべて税込
バッキー井上

バッキー井上

京都は錦小路の西魚屋町で生まれ、以降50数年間京都以外で一度も暮らしたことがない典型的な盆地人。錦市場の漬物店「錦・高倉屋」の店主。そのかたわら酒場ライターとして雑誌などに街や酒場について多く書いている。著書に『京都 店特撰 たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる』(140B)、『行きがかりじょう、俺はポンになった』(百練文庫)、『人生、行きがかりじょう』(ミシマ社)など。Meets Regional、Dancyu、毎日新聞(大阪本社夕刊)にて連載を執筆。

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