粋なおとなが集うバーVol.5 神戸「BAR Sugar Free」「スタンドバー モンク」

2016.04.25

それぞれの街ならではの空気がただよう酒場に、客が今日も集まってくる。立ち上がるその「香り」は店の数だけある。共通しているのはどこも「顔のあるバーテンダー」がいて、それ目当てに機嫌のいい酒好きがカウンターで飲んでいることだ。

酒はソウルバーで覚えた。バーの楽しみはさまざまあろうが、私の場合はまず1960~70年代、ソウルミュージックやR&Bが最も輝かしく黒光りしていた時代のレコードを聴くために通い始めた。
1990年頃、20歳かそこらだった自分がリアルタイムで知らない、同年代の友人たちは見向きもしない音や歌を、一回りぐらい上の、ディスコやブラックミュージックブームの中で浴びるように聴いてきた先輩たちから教わり、知らないレコードやシンガーに出会うたびに興奮しながら、その喜びを酒と一緒に身体に染み渡らせてきたのだ。

バーボンとともに味わう
70年代ソウルへの憧憬

▲バックバーを飾るソウル・トレイン・ダンサーたちの巨大な絵

学生時代を過ごした京都には「Up's Club」があり、神戸に移り住んだ時にはちょうど「Moon-Lite」が開店した。どちらも今に至るまであの頃の空気をそのまま残す、自分にとって大切な店ではあるけれど、30歳を過ぎた頃、神戸にもう一つ、しっくり落ち着く店ができた。それが「BAR Sugar Free」。
2002年の開店当時は神戸サウナ裏にあったが、2009年にトアロードと鯉川筋の間、トアウエストと呼ばれるエリアへ移った。

この店の何がしっくり来るといって、店主の吉見裕一さん(よっさんと呼んでいる)が自分と同年代で、自分と同じような時代のソウル/R&Bに憧れ、深くリスペクトしてきたことである。気心知れた同好の士。それは先輩の店で教わるというのとはちょっと違って、「あれ聴いた?最高やで」と教え合い語り合う、私からすれば「やたらとソウルに詳しいツレ」の感覚である。
彼は、タワーレコードの店長として熊本、神戸、心斎橋を渡り歩いた相当なツワモノではあるのだが、ちっとも押し付けがましくない。他のお客さんに対しても、そのスタンスは変わらない。
▲70年代ソウルを中心にレコードが1,500枚、CDが1,700枚。吉見さんの絶妙な選曲で、必ず好みの一枚に出会えるだろう

ソウルバーというのはだいたいどこも暗いのだが、心地良い薄闇の中、この店のバックバーに浮かび上がるのは、ソウル・トレイン風に恍惚として群れ踊るダンサーたちの巨大な絵。アーニー・バーンズという黒人画家が描いた、フェイス・ホープ&チャリティというグループのLPジャケットである。
マーヴィン・ゲイ『I Want You』のジャケットでも知られる画家の絵をどーんと掲げたこの設えからして、70年代ソウルへの限りない憧憬とリスペクトを物語っている。
▲オールド・グランダッドのシングル(800円)。バーボンは700円から900円まで

オールド・グランダッドやエズラ・ブルックスといった、高くはないが質のいいバーボンを頼み、カウンターを挟んであれやこれやの音楽話(まあ、それだけでもないのだが)をする間にも、よっさんは抜け目なくレコードを選び、2台のターンテーブルで曲をリレーして自然に流れを作りつつ、こちらの好みに寄せてくる。

スモーキー・ロビンソンからマーヴィン・ゲイを挟んでダニー・ハサウェイへ。エボニーズからドラマティックスを経て、コントローラーズへ。店で時々DJイベントをやっているだけあって、さりげなくこちらの反応を見ながら気持ちよく体を揺らしてくれる選曲の腕は、ほんとうにもう見事で、いつも間違いがない。
▲奥さんの由紀さんが作る「酒肴ちょこっと三品盛り」(500円)がしみじみ美味い。メニューは数日ごとに変わる。この日は、ロールキャベツ、菜の花とチーズの玉子焼き、アンチョビオリーブ

バーボンのグラスが次々に空き、たまにおまかせのカクテルや「酒肴ちょこっと三品盛り」を挟んだりしながら、ソウルミュージックという名の漆黒の底なし沼へどんどんディープに沈んでゆく。好きな音に好きなだけ溺れる、これもバーの無上の喜びである。

※価格はすべて税込

昭和の港町酒場を想う
追憶のハイボール

三宮から阪急電車で2駅、王子公園駅を降りて水道筋商店街のアーケードを抜けて行くと、市場の角に「スタンドバー モンク」の赤いサインが灯っている。
ここは同じブラックミュージックでも、ブルースやジャズといった、より渋めの音が鳴っている。そして、水道筋という街に根付いた、より地元感の漂う店である。
▲洋酒は、ウイスキーとラムが特に充実。季節ごとに見繕った各地の地酒を目当てに来る客も多い

近所の銭湯から譲り受けた古い番台を利用して造ったカウンター。頭上にはプラスチックビーズの玉すだれ。壁や棚を埋めるレトロな小物や装飾品。そして店内を染める赤い光。
神戸に生まれ育ち、日本中のバーを訪ね歩いた切り絵作家の故・成田一徹氏は、作品集『カウンターの中から』で、この店をこんなふうに書いている。

<市場の一角、急拵えのバラックのような佇まい。中は中で、まるで昭和な町の駄菓子屋みたいな、チープで懐かしい手作り感いっぱいの空間だ。10人も入れば満杯、カウンター回りを席巻する酒や、おびただしい数の小物たち。しかし意外にスッキリ、ゴチャゴチャ感はない。狭いが妙に落ち着く。不思議な店だ>
▲故・成田一徹氏がカウンターの内側からの光景を切り絵にした作品。彼もここでハイボールをよく飲んでいた

この妖しくも懐かしい不思議な空間は、やはり過去への憧憬から生まれた。店主の池田英二郎さん(エーちゃんと呼ぶ)は私より少し若いが、成田氏が好んで作品にした神戸の外人バー(もしくは船員バー)、それに昭和が香るスナックのイメージを投影したという。たとえば元町の「Abuはち」、南京町にあった「スカイラーク」、先述した港町のソウルバー「Moon-Lite」、チキンジョージ前にあった頃の「Duke」……。
▲港町の酒場への憧れとリスペクトを一杯一杯、丁寧に注ぎ込む池田さん

焼豚のはしきれやアジのきずしといった市場モノをつつきながら地酒をちびちびやるのも悪くないが、昭和の港町を追憶するには、なんといってもハイボールがいい。
キンキンに冷やしたウイスキーとソーダをグラスに注ぎ、氷を入れずに飲むスタイルは、今でこそ全国に広まったが、かつて三宮にあった伝説のバー「コウベハイボール」の名物だった。その店への憧れとリスペクトをエーちゃんは一杯一杯に注ぐ。
▲よく冷えたハイボール(500円・税込)はどの季節に飲んでもうまい。静かに踊る気泡に、在りし日の港町を想う

夜の市場の片隅で、神戸にあった名店の思い出や他愛もない地元の日常を語っていると、コーネル・デュプリーの歌心あふれるギターやエスター・フィリップスのブルージーに震える歌声やセロニアス・モンクの訥々としたピアノが耳をかすめてゆく。

神戸がほんとうに港町であった時代の記憶も、今は亡きミュージシャンたちの魂も、こうして街の片隅で世代から世代へひっそりと語り継がれてゆくのだろう。グラスの中で静かに弾ける気泡を眺め、自分の知らない時代の酒場の情景を想像してみる。
松本創

松本創

ライター/編集者。関西を中心に政治・行政、都市や文化、震災などをテーマに取材し、ルポやコラムなどを書いている。「ふつうの人」の話を聞くのが好き。著書に『誰が「橋下徹」をつくったか』(140B)、『日本人のひたむきな生き方』(講談社)など。神戸市灘区在住で、地元の水道筋商店街をこよなく愛する。

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