話題の「地下神殿」首都圏外郭放水路に潜入

2016.04.18

埼玉県春日部市に「国土交通省 首都圏外郭放水路」と呼ばれる治水施設があるのをご存知だろうか。地下に巨大な「調圧水槽」を擁し、その荘厳さから「地下神殿」の異名を持つ。映画やドラマのロケ地としても有名なこの施設の見学会に参加してみた。

▲「調圧水槽」から見た「第1立坑(たてこう)」

首都圏外郭放水路へ行くには、東武アーバンパークラインの南桜井駅から春日部市コミュニティバス「春バス」に10分ほど乗って、「龍Q館」のバス停で降りる。
「龍Q館」は、首都圏外郭放水路の仕組みについて学べる施設であり、見学会の拠点でもある。
▲龍Q館。首都圏外郭放水路内の「庄和排水機場」と同じ建物の1~2階にある

江戸川にそそぐ排水樋管

見学会の開始にはまだ時間があったので、近くを散歩してみた。
目と鼻の先にある土手にあがると、ゆったりと流れる江戸川が見える。川べりにおりてみると、大きな排水口が6つ並んでいた。
近くの案内板によれば、これは「排水樋管」といい、首都圏外郭放水路に取り込んだ水を江戸川に流すための水路だという。
▲「排水樋管」の近くから江戸川の下流を眺める
▲江戸川に設置された「排水樋管」
▲案内板に掲示されている空撮写真

「龍Q館」に戻って見学会の受付をした。
平日の15時という時間にもかかわらず、参加者は25人ほどいて、人気ぶりがうかがえる。
見学会の所要時間は約1時間。前半の25分は「龍Q館」2階でレクチャーを受けて、そのあと館内を出て徒歩で地下に移動(5分)して、25分ほど「調圧水槽」を見学する。最後に「龍Q館」に戻って解散となる。
▲館内の1~2階の吹き抜けには調圧水槽の工事の際に発見された地層が「地層タワー」として展示されている
▲2階には撮影に訪れたたくさんの有名人のサインが並んでいる

中川・綾瀬川流域は昔からの洪水地帯

見学会には広報員が同行して解説をしてくれる。
まずは床に設置された大きな地図を指し示して首都圏外郭放水路の立地について教えてくれた。
「ここ中川・綾瀬川の流域は、利根川、江戸川、荒川という大河に囲まれて、お皿のような水がたまりやすい地形になっています。さらに各河川の勾配がゆるやかなので水が流れにくく、ひとたび大雨が降るとすぐに増水してなおかつ水位がなかなか下がらない。昔から浸水被害に悩まされていた土地でした」
農村だったこの地域も高度成長期以降は市街化が進み、ひとたび洪水になったときの被害も大きくなった。たとえば1991年8月の台風11号では1万5,000を超える家屋が浸水した。こうした被害をくい止めるために首都圏外郭放水路の建設が計画されて、1993年3月に工事着工、2002年に部分通水、2006年6月に完全通水が実現した。
▲オレンジ色の線で囲まれた部分が中川・綾瀬川の流域
▲中川・綾瀬川流域の地形を示すパネル。北の大きな川が江戸川で南の大きな川が荒川。その間に挟まれた土地は標高が低い

地下50m、総延長6.3km。世界最大級の地下放水路

次にビデオやパネル、模型を使って首都圏外郭放水路の仕組みを説明してくれた。
首都圏外郭放水路は、第1から第5までの5つの「立坑」とそれをつなぐ「トンネル(放水路)」から構成される。
立坑は深さ70m、内径30mもあり、スペースシャトルや自由の女神がすっぽり入るほどの大きさ。
トンネルは国道16号線の地下50mにあり、内径は10m、総延長は6.3kmにおよぶ。いわば地下に貫かれた人工の川である。
これだけの規模の地下放水路はほかに例がなく、世界最大級だという。
▲メカニズムを示すパネル。私たちがいるのは「5」の庄和排水機場

5つの立坑に水がたまると江戸川に排水される

大雨が降って流域の河川の水位が上がると、立坑の地上に設置された「越流堤(えつりゅうてい)」を越えて水が立坑に流れ込む。
具体的にいうと、「第5立坑」には大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)の水が、「第4立坑」には幸松川(こうまつがわ)の水が、「第3立坑」には中川と倉松川の水が、「第2立坑」には第18号水路という地上放水路の水が入っていく。
▲首都圏外郭放水路の概略図

「地下神殿」は水流を弱めてスムーズに流すための巨大プール

各立坑にたまった水はトンネルを通って「第1立坑」に流れていき、「第1立坑」がいっぱいになると、庄和排水機場の調圧水槽を経由してポンプによって江戸川に排水される。なぜ調圧水槽を経由するかというと、「第1立坑」から吐き出された水は勢いが強すぎて、ポンプを正常に稼働させるためには水流を弱める必要があるからだ。調圧水槽に神殿のような太い柱が立っているのは、地下水による揚圧力によって調圧水槽が浮くのを抑えるために荷重が必要だからだ。
▲模型。「第1立坑」の奥が「調圧水槽」

「龍Q館」での解説が終わると、一度施設の外に出て「調圧水槽」に向かう。
右手に芝生のサッカーグラウンドが見えるが、ちょうどその下が「調圧水槽」になっている。地上を有効活用してほしいという市民からの要望に応えてグラウンドにしたそうだ。
▲「調圧水槽」の地上にあるサッカーグラウンド

ライトアップされた巨大な柱。まさに地下神殿

階段を下ると、いよいよ「調圧水槽」が見えてきた。
高さは18m、ビルの6階に相当するというだけあって、地下とは思えないほど広い。天井からライトが照らされて荘厳な雰囲気に包まれる。厳かなクラシック音楽が鳴り響いたら、さぞ似合いそうだ。
前方(ポンプのある方向)は暗くなっているので、どこまでもこの地下神殿が続いていくように見える。実際には長さ177mで、サッカーグラウンドの約1.5倍超。幅は78mなのでサッカーグラウンドとほぼ同じだ。
▲「調圧水槽」の内部
▲ライトに照らされた巨大な柱
▲地上から「調圧水槽」の床へ下りる階段
▲「ポンプ停止水位」とは、この水位に達しないとポンプが空回りしてしまうという水位。その上の「定常運転水位」は、この水位より水が上にいかないように4台のポンプの運転を調整して排水を行っている水位

後ろを振り返ると第1立坑の円筒形の空間が見える。上からわずかに自然光が降りそそぎ、神々しさがただよう。
▲「調圧水槽」から見た「第1立坑」の内部

天井からブルドーザーが下りてくる

ふと上を見ると、天井からポタポタと雨水が漏れてくる。天井の一部のコンクリートがくりぬかれていて、そこに蓋がしてあるのだが、その蓋に少しすき間が空いているようだ。あれは何なのか。
「水が入ったあとは泥がたまるのでそれを掃除しなければいけません。あの蓋をはずして掃除のためのブルドーザーを吊りおろすんです」
という広報員の答え。天井が開くなんて昔の特撮テレビ番組「サンダーバード」を思いおこさせる。「第1立坑」との間にはコンクリートブロックがあるが、これはブルドーザーが「第1立坑」に落ちないための車止めなのだとか。ハイテクなのかローテクなのか……ともかくスケールが大きい。
▲天井のすき間。この蓋をあけてブルドーザーが吊り下げられる
▲手前のコンクリートブロックが車止め
▲地上から見ると、柵で囲まれたところがブルドーザーの入り口

地下だからこそ実現した短工期

さて、ではなぜ地上ではなくわざわざ地下にこのような治水施設を作ったのだろうか。
それは地上だと用地の確保が困難だからだそうだ。市街化された現在となっては用地を買収して地上に放水路を引くことはむずかしい。できたとしても長い年月がかかってしまう。地下だからこそ工事着工からわずか13年で完成できたのである。

首都圏外郭放水路は、これまでに100回(年平均7回)稼働していて、実際に浸水被害をかなり軽減させている。
たとえば、完成前(部分通水前)の2000年7月の台風3号(総雨量160mm)では浸水面積137ヘクタール。ほぼ同じ雨量だった完成後の2006年12月の低気圧(総雨量172mm)では浸水面積33ヘクタールだった。
▲「龍Q館」内の操作室。ここで各施設の監視および操作を行なう。右のモニターに赤い文字で各河川の水位が表示されている

見学会は無料で行われ、最後にポストカードというお土産までくれる。施設を管理するのは国土交通省関東地方整備局の江戸川河川事務所だが、「なるべく多くの人たちに防災意識を高めてほしい」という思いから無料にしているのだという。
とても満足度の高い見学会である。
大塚真

大塚真

編集者・ライター。出版社兼編集プロダクションの株式会社デコに所属。最近編集した本は、服部文祥著『サバイバル登山入門』、松崎康弘著『ポジティブ・レフェリング』(ともにデコ)ほか。ライターとしては『TURNS』(第一プログレス)、『BE-PAL』(小学館)などで執筆。

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