恵文社 一乗寺店 ついつい長居してしまう本屋さんの秘密

2016.03.06 更新

京都左京区は一乗寺に、本好きなら知らぬ人のいない書店がある。長い人だと、朝から夕方まで過ごす人がいるほど。そんな居心地のいい空間はどうやって作られているのか、その秘密を探ってみた。

ついつい時間を忘れて
入り込んでしまう読書空間

一乗寺までは、京都駅から電車を乗り継いで30分ほど。決して便利とは言えない立地だ。訪れたのは午前11時。すでに多くの人が来店し、本棚の前で静かに本に視線を落としていた。
本好きを自負する筆者も、さっそく取材を忘れて店内を物色。
とある棚で、過去に読んだことがあるタイトルを発見しひとりごちる。隣には知らない作者やタイトル。表紙のデザインや帯のキャッチコピーがアンテナに引っかかり、ついつい中を読んでみる…。そんなことの繰り返しで、いつの間にか時間が過ぎている。

いかんいかん、これは取材だ。本を棚に戻し店内を巡る。
生活情報の本棚を見ていると、雑貨や服飾が置かれたスペース「生活館」が現れる。壁などの明確な区切りがなく、いつのまにか本から雑貨へと興味が遷移していくように設計されているようだ。
一通り本や雑貨を眺めたら、中庭を抜けて雑貨とギャラリースペース「アンフェール」へ。アンティークな家具やテーブルには、個性的な文具がセレクトされ置かれている。ギャラリーブースでは写真展が開催されていた。

書店、生活雑貨、ギャラリー…どの入り口から入っても、ついつい興味のアンテナが次の対象を拾っていく。そんな書店体験を提供してくれる恵文社のお店づくりについて、スタッフの皆さんにお話を伺った。

良い本を発掘して、新たな興味を
「発見」できるような棚作り

「通常、大きな書店さんだと取次店からの配本※が仕入れの中心ですが、うちは9割がスタッフが独自にセレクトした本を注文して仕入れています」と教えてくれたのは、書店部門マネージャーの鎌田さん。
お店の周辺には美術系をはじめとした大学が数多くあり、個性豊かな学生たちが暮らしている。そんな人たちを満足させる書店にしたいと、開店当初から続く仕入れのスタイルだ。仕入れる本は、他の書店を巡ったり、日々の暮らしの中でアンテナを張って情報収集し、スタッフ間の会話やミーティングなどで納得いくものだけを選んでいるそうだ。
※取次店が販売実績などを元に、配本する本の種類や数を決めて書店に本を卸すこと
▲書店部門マネージャーの鎌田さん
そうやってセレクトして仕入れた本も、ただ棚に並べるだけでは売れないものが多いので、展示方法やレイアウトなどアプローチに工夫がいるのだそう。

「例えば私は英米文学が好きなんですが、単に文学書で棚をまとめるんじゃなくて、背景になる英米文化を知ることができる本を同じ棚に置いてみたりしています」と鎌田さん。

一見、無秩序に並べられているように見える本棚も、奥深い計算のもとに並べられている。「本を探す」という行為の中で、自分でも気づいていなかった興味に気づくことができるのだ。
▲トム・ソーヤーの冒険の傍にアメリカのサーカスの本を並べて展示。より深く読書を楽しめるような文脈を提供したい、と鎌田さん。

雑貨も文具も展示も、
他のお店にはないものを

続いてお話を伺ったのは、副店長の富永さん。
主に雑貨の仕入れを担当されているそうだ。前職の大学職員時代に、イベントの主催や物流に興味をもち、恵文社に入ったそう。
「旅先で見つけた素敵なものは実際に使用して、いいなと思ったらお店に置くようにしています」と富永さん。そうやって、他の店にはない品揃えや売り場作りをしているのだそうだ。
▲富永さんの一押しヘアワックス。美容師さん御用達で保湿性が高く、そのままハンドクリームとしても使えるスグレモノだ

「検索性を高めない」
そんな、書店のあり方

最後にお話を伺ったのは、店長の田川さん。お店全体の統括に加え、建築や美術などの専門書の棚を担当されているそうだ。
「専門書がポンと置いてあっても、なかなか手にとってもらえないですよね。なので、関連性のある文房具の側に置いたり、洋書などは中を見られるようにして、解説文をいれたりして工夫しています」とのこと。

ネットにおいては検索されることも稀であろう本も、他のものとの組み合わせや見せ方の工夫で、お客さんとの出会いを作ることができる。それが、恵文社が大事にしている価値観なのだ、と感じた。
▲田川さんおすすめの一冊は、季節ごとに行われる古本市に合わせて発刊される「オールタイムベストテン」。24店舗の個性的な書店の店主が選んだ、マイベスト10冊を語るエッセイ集。思いがけない本との出会いのきっかけになりそうだ
とかく、インスタントでコンビニエンスがもてはやされるご時勢。便利さや快適さを否定するつもりは毛頭ないが、そればかりだと心が乾いてくるように感じるのは筆者だけだろうか。

自分たちで探して手にとって、実際に読んで使って、よいと思ったものを置く。お客さんに見てもらえる、手にとってもらえるように工夫をする。
そんな「コスパ」と対極にあるカルチャーが、今の恵文社を作ってきたのだろう。

本を探していくうちに、自分でも気づかない興味に出会う。アナログで、スローで、手触りがある書店体験。
なるほど、ついつい長居をしてしまうのは、こういう訳だったのか。

本がある豊かな時間を、ここ恵文社で過ごしてみては。
妙加谷 修久

妙加谷 修久

京都市在住の旅行系ライター兼ディレクター。全国各地に足を運び、旨いモノを食べ、温泉に浸かる日々。ここ京都を中心に、知っているようで知らない「日本のイイトコロ」を紹介します。日本酒好きが高じて利き酒師の資格を取得しました。

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