塩の歴史をたどる旅!日本で唯一残る、奥能登「揚げ浜式製塩」

2015.06.16

日本地図のほぼ中央、日本海に飛び出す半島・能登。この半島の先端に、日本で唯一、ここだけに残る「揚げ浜式製塩法」で塩づくりを行う場所があります。それが「すず塩田村(えんでんむら)」。今回は、ここ塩田村でできるという塩づくり体験について取材してきました。

▲塩田村外観。

塩づくりは、自然との戦い。

なんとこの日は、あいにくの雨。そう、揚げ浜式による塩づくりには「快晴」であることが必要なんです。少しでも天気が崩れると、その日は塩を作ることができません。
▲塩田
揚げ浜式製塩法の行程は大きく分けて、塩田と釜屋、この2カ所での作業に分かれます。「塩田」では、塩分濃度を高めた「かん水」を作ります。最初の行程は、海水汲み。目の前に広がる日本海から手作業で海水を汲むこと、約600リットル。
▲かえ桶(おけ)。36リットルの海水をためることができるこの桶を2つ、肩荷棒(にないぼう)にくくり付けて運びます。
次の行程は塩まき。打桶(おちょけ)を使い、汲んできた海水を塩田に撒きます。豪快に、繊細に。文字にすると簡単ですが、「潮汲み3年、塩撒き10年」と言われるほど、ここまでの行程には熟練の技が隠れています。この後、海水を撒いた砂を約8時間乾燥→垂舟(たれふれ=木箱)に砂を集める→海水をかけて「かん水」採り…と続きます。
▲取材当日は大荒れだった日本海。ここから海水を汲みます。
▲塩撒きの様子。晴れているとこのような体験ができます。(写真提供:すず塩田村)
ここまで、炎天下で約12時間の作業。重労働、そしてお天道様との戦いもあります。今はもう、天候関係なく一年中、効率的に塩を作る技術もあります。ではなぜ「揚げ浜式製塩法」にこだわるのでしょう?そこに秘められた想いを、すず塩田村代表の横道さんにうかがいました。

「能登の海からはプランクトン豊富な海水をいただき原料に、そして、山からは間伐材の薪をいただき燃料としてます。揚げ浜式の塩は、里山里海の恵みに人の手が加わってできる産物やから、単なる塩づくりではないんです。山と海の循環を生むことで、里山里海を保全していく。だから続けていかなならんのです。」

揚げ浜式製塩法では、機械的な行程が一切ありません。その結果、一般的な塩よりもミネラル分が多く「海の旨さと甘さ」を感じることができる「まんでうまい(能登弁で”最高に美味しい”)」塩が生まれます。
▲横道さん

1,000年前から続く製法で塩づくり。

「特別に、釜焚き見てくけ?」と横道さん。急きょ、普段は見られない「釜屋」の中をご案内いただくことに。
▲茅ぶき作りの釜屋
釜屋の扉を開けると、ものすごい熱気と蒸気。そして、直径2mの大釜が現れます。そこでは、「浜士(はまじ)」の登谷さんが、塩田で作られたかん水(濾過して塩分濃度を高めた海水)の荒焚きを行っていました。6時間もの間、大釜の上で煮詰めます。塩分濃度が上昇したかん水を一旦冷やして濾過したのち、最終行程の本焚きへ。荒焚きより更に長い16時間もの間、煮詰め、塩の結晶を産み出していきます。
▲荒焚きをする浜士の登谷さん
1995年から塩田での仕事を始めた登谷さん。揚げ浜式製塩の全責任を負う「浜士」がおすすめする塩の美味しい食べ方は「塩むすび」とのこと。最も塩の旨み、甘みを感じることができるからだそうです。
▲奥能登 揚げ浜塩。塩田村でしか購入できない貴重な商品!
「塩は、誰もが日々口にするものやけど、その作り方と本当の価値を知らん人が多い。だからこそ塩田村には、特に若い方に来てもらいたい。」と横道さん。ここまでご紹介した塩づくりは体験することも可能です(晴れた日のみ実施)。浜士体験コース(2時間コース:海水汲み、海水撒き、砂集め)、2日間コース(1日目 浜士体験コース、2日目 早朝の海水撒きと塩焚き体験など)の2つのコースに分かれています。スケジュールに合わせて体験してみてください。白米千枚田(しろよねせんまいだ)、禄剛埼灯台(ろっこうさきとうだい)など景勝地が多い能登半島。ドライブがてら、1,000年の歴史を持つ塩づくり体験はいかがでしょうか?
岡本竜太

岡本竜太

大学卒業後、地元・飛騨高山へUターン就職。その後、ご縁あり能登半島へ移住。現在は、民間のまちづくり会社での長期実践型インターンシップや能登旅のコーディネート活動を軸としながら、フリーでローカル記事の執筆等を行う、地域編集者の見習い。趣味は、スペインとサッカーと里山。

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