岐阜の水郷・平田で、ナマズ料理を一度食べればあなたにも分かる。ナマズはウナギの代用食ではないのだ

2016.04.04 更新

濃尾平野の南部に位置する岐阜県海津市平田町は、県内屈指の穀倉地帯であると同時に、古くから川魚を食す文化が発達してきた水郷でもある。ここでは巷の話題となるずっと以前から「ナマズ」を愛し、その減少を憂いてきた。ウナギ味のナマズなどではない、本物のナマズ料理を求め訪れたのは、日本三大稲荷の一つ千代保(ちよぼ)稲荷神社、通称「おちょぼさん」の参道。ナマズと稲荷、ダブルパワーチャージの旅に出かけよう。

人々の願望と欲望が渦巻くカオスを抜け、
目指すはナマズ料理、100年の聖地

「千代保稲荷神社」と、いかめしく呼ぶ岐阜県人はまずいない。中には「おちょぼさん」が正式名称だと長年思い込んでいた人間がいるくらい、通称が浸透しきっている。そういう私も、名前の由来はきっと「千代」という名の女性が関係しているに違いないと睨んでいたのだが、正しくは源八幡太郎義家が息子に授けた「先祖の御霊を千代に保て」という言葉。この地に祭神である大祖大神、稲荷大神、祖神の三柱が祀られたのは、室町時代のことである。
こうした由来を知る人はおそらく少数で、日本三大稲荷の一つ・商売繁盛の神様というのが現在の「おちょぼさん」の姿。年末年始は言うに及ばず、毎月末深夜から一日早朝にかけての月並祭にも、参道は歩くのが困難なほど参拝人で埋め尽くされ、年間参拝者数は200万人を優に超える。

寺社仏閣の参道沿いに連なる商店街、いわゆる門前町というものは、その先に祀られた神なり仏なりの性格が多分に影響するように思われる。整然とした顔つき、華やかな雰囲気、全国には様々な門前町があるが、「おちょぼさん」の参道は、一言でいえばカオスだ。
一抱えもあるハクサイを100円で商う八百屋の隣には、縁起物の福寄せを並べる店があり、その先では漬物屋が参拝客を試食に誘う。名産の焼麩と乾燥シイタケの間には、紳士用牛皮ベルトが違和感なく挟まれ、揚げたばかりの串カツを黙々と立ち食いする人々の向かいでは、履物専門店がいっぱいに間口を広げる。

なぜ、ここでそれが売られているのか分からないのだが、商売を続けておられる以上、ここでそれを買い求める人がいるのだろう。法人・個人を問わず、業種に関わりなく、すべての商売人がご利益を求め集う「おちょぼさん」だからこそ、門前町はどんな物欲も食欲も満たしてくれる場所。そういう店が立てつづけに並ぶ参道を半ばまで歩くと、注連縄を祀った中鳥居にたどり着く。

この辺りから目立って増えるのが、川エビ・ハエ・モロコ・フナ・コイ・ウナギなど川魚料理を扱う店で、本日のお目当て「やまと本店」も中鳥居をくぐったすぐ先にあった。
「やまと本店」の創業は大正5年というから、今からちょうど100年前のことになる。初代が店を構えたのは「おちょぼさん」の2kmほど南西、現在の平田町今尾(いまお)だったが、千代保稲荷神社の宮司に請われ参道沿いに店を移した。それが大正末期から昭和初期のことだというが、正式な記録は残されていない。ただ15年ほど前の改築工事の際、昭和2年の竣工を記念した木額が発見されたというから、おそらくはその頃のことだったと思われる。

この改築の際、取りつけられたのが今や「やまと本店」のシンボルとなった黄金のナマズ。3代目である近藤 輝明氏(76歳)が、かねてより惚れこんでいたナマズの絵姿を象ったもので、「おちょぼさんより目立つことのないよう」大きさは少し、控えめにしたそうだ。

近大ナマズ開発にも貢献した、ナマズの大家は嘆く
なぜナマズを、ウナギに似せようとするのか

半世紀以上に渡り、ナマズ料理を研鑽しつづけた輝明氏。調理だけでなく、全国を巡って養殖技術についても知識を深めたナマズの大家である。近畿大学がナマズ養殖に着手した際も、研究者が輝明氏の元に通ったと言うから、その見識の深さ・広さは推して知るべしだ。

かねてより、ナマズ文化を全国に広げたいと願っていた輝明氏。ウナギが絶滅危惧種に指定された反動とはいえ、ナマズ料理への注目が高まるのは、この上もなく喜ばしいことだと感じている。しかしその一方、大いに憂いているのが「ウナギ味のナマズ」を目指そうとする風潮だ。

輝明氏は力説する。ウナギはウナギ、ナマズはナマズ、それぞれに個性があり味は全く異なる。それなのに、どうしてナマズの個性を殺しウナギに近づける必要があるのか。
不肖者の私はナマズを食べたことがなく、その味を知らない。果たして、ウナギとは明らかに異なるナマズの味とはいかなるものか。さっそく、ナマズ料理をいただくことにした。
ナマズ養殖の現場には、2kgを超えるような巨体を目指す傾向もあるが、「やまと本店」で用いるのは約200g、頭から尾の先まで25cmほど。というのもナマズの蒲焼は、1尾丸ごと姿焼が王道。2kgもあったら皿に載らないじゃないか、というのがその理由だ。

そして海の魚と違い、食べる直前まで生かしておくのが川魚料理の鉄則。店の前に湧き上がる豊富な井戸水で泥抜きすること1週間、完全に泥臭さが消えたナマズを捌いたら串を打ち、丁寧に遠火で白焼きにする。こんがり焼き目がついたら、みりんを薄く塗り、もう一度軽く火で炙る。そうしていよいよ蒲焼の命、タレの登場である。
ナマズとウナギは、そもそも味が全く異なる。ゆえに「やまと本店」では、蒲焼のタレもナマズとウナギでそれぞれ異なる。写真左がナマズ用、右がウナギ用だ。
このタレ、創業以来100年間ずっと注ぎ足し注ぎ足し受け継がれたもので、調合は秘伝中の秘伝である。そこを何とかと食い下がり、たまり醤油・酒・みりん・砂糖から成るもの、ということだけ教えていただいた。

ナマズとウナギ、秘伝のタレはどこが違うのか。さらに食い下がってその一端を教えていただいたのだが、肝要なのは「砂糖」の種類らしい。一口に砂糖といっても、粉砂糖・ザラメ・氷砂糖ではそれぞれに甘みや風味が微妙に異なる。ナマズとウナギが固有に持つ旨味を引き出すため、繊細に使い分けられた砂糖の妙技。どうにも気になったので、お願いしてそれぞれのタレをほんの少し、舐めさせていただいた。

微妙な違いなのだが、ナマズ用のタレは甘さがシャープで、ウナギのそれは丸い印象が残る。そして心持ち、ナマズ用の方がたまり醤油の風味が立っているように感じられた。このタレが相応しいナマズとはどんな味なのか。いよいよ期待は膨らむばかりであった。

生涯を川で過ごす魚だからこそ、
ナマズの味は混じりっけのない、川の甘さ

漁獲量の減少により、「おちょぼさん」界隈でもナマズの蒲焼は時価、という店も少なくない。しかし、幅広い世代にナマズ料理を楽しんでほしいと願ってやまない輝明氏は、手頃な価格で気軽に食べてもらえるメニューの開発にも熱心だ。
その代表作がこちら、「やまと本店」の看板メニューでもある「なまずランチ(税別1,480円)」。ナマズの蒲焼にナマズの天ぷら、白ご飯・汁物・香の物がセットにされたものだ。
ナマズの天ぷらは、鱧(はも)の骨切りのように薄く切り目を入れることで早く揚がり、サクサクと軽い食感を実現した輝明氏苦心の作。塩だけでシンプルにいただくからこそ、ナマズの旨味をダイレクトに楽しめる天ぷら。揚げたてアツアツサクサクのところを、まずは楽しんでほしい。
ガツンとナマズを食べたい人にお勧めなのが、「なまず定食(税別2,100円)」。ランチより大ぶりなナマズの蒲焼は、頭から尾まで27cm。お盆からはみ出すほどの皿いっぱいに、伸び伸びとその雄姿を広げていた。ここに、鯉の洗い・白ご飯・汁物・小鉢・香の物が添えられる。

蒲焼は付け焼すること二回、さらに盛りつけの際にも秘伝のタレは回しかけられる。その香りだけで白飯が進みそうなのだが、主役はあくまでナマズ。箸を伸ばすと、しっかりとした身の感触が伝わってきた。
妙な表現だが、ナマズの肉のつき方はウナギよりよほど魚らしい。ウナギの蒲焼というと特に関西方面ではむっちり柔らか、その食感は女性的なのだが、ナマズは魚としての主義主張がはっきりした、気骨のようなものが感じられる。かといって、身が硬いというのではない。コラーゲンを豊富に含むというだけあってプリプリと弾力に富み、箸使いの苦手な私でも簡単に骨から身を外すことができた。
一口食べたなり、あっ、と声が上がる。明らかに、ウナギではない。そして、海の魚でもない。白身の魚は一般に淡白だが、ナマズの身にはしっかりとした味がある。それは秘伝のタレに負けない、むしろタレにより際立たせられたもので、舌の奥には川の香りが強く残った。脂っぽさは一切なく、なるほどウナギのタレにはないシャープさがよく合うのだと、やたら納得してしまった。

川魚を愛す県民として、私はウナギも好きだ。だが個人的にはナマズとウナギを比べた時、ナマズの方が美味しいと感じる。こんなに美味しいものを、なぜウナギという別物の味に仕立てなければならないのか。ちょっと理解に苦しむところである。
▲喜寿も目前だが、健康の秘訣はやっぱりナマズパワーと笑う輝明氏
いけすの中で仲良くぴったり寄り添うナマズを見ると、料理するのがかわいそうになる、そうこぼすほどナマズを愛してやまない輝明氏。だからこそ、その味を広く人々に知ってほしいと、76歳を迎え4代目に看板を譲った現在でも、板場で包丁を握る。

たとえこの先ウナギが食べられなくなったとしても、悲嘆に暮れる必要はない。我々にはナマズと、ナマズ料理の名人がついているのだから。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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