たらい舟で川下りができるのは、水の都・大垣だけ。葉桜のトンネルをくぐり抜ければ、気分はリアル一寸法師
子供の頃、お椀の舟に揺られる一寸法師の絵姿に、憧れた覚えがあるのは私だけではないだろう。浮き輪をお椀に見立てようにも、どうも勝手が違う。そんな残念な思いを重ねてきた、かつての少年少女たちの夢がついに叶う場所がある。「水の都おおがき たらい舟(2017年4月15日~5月7日の土・日・祝開催※事前予約制)」で川を下ればもう、心はリアル一寸法師。今年は幸先の良い春を、水の都から迎えよう。

桜の天井は和船、葉桜のトンネルはたらい舟
春に染まる大垣を、水の上から楽しむ
川といっても一般の河川と異なり、水門川の水はほとんどが地下からの湧水。15mほどの川幅いっぱいを、澄んだ水が満たしている。その川面を覆うように枝を伸ばしているのは、戦後に植えられた染井吉野の桜並木。植樹当初からそう意図されていたのか、ここの桜は完璧に、水の上から楽しむための枝ぶりだ。

水門川は城の外堀であると同時に、古くから桑名(三重県)へと向かう水運の要路でもあった。江戸時代には和船が舳先を連ね、芭蕉が「奥の細道」結びの句、
蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ 行く秋ぞ
を詠んだのも、大垣から水門川を下り伊勢詣でに向かう場面でのことだ。
明治に入ってからは定期汽船の営業も開始。物流の中心が鉄道やトラックに変わるまで、水門川は人荷を運ぶ重要な役目を果たし続けた。
落城前夜、決死の脱出行がたらい舟のルーツ
かつての外堀で、関ヶ原の昔に思いをはせる
関ヶ原の合戦(1600年)というと、西軍・東軍が激突した関ヶ原での野戦ばかりが有名だが、実は西軍の本拠地であった大垣城も東軍の猛烈な城攻めを受けた。その城の守りを任された武将の中に、石田三成の家臣で山田去暦(きょれき)という人物があった。
現代の感覚からすると奇異に思われるが、当時の籠城戦には妻子を伴うことも珍しくなく、去暦もまた妻と息子(籠城戦中に戦死)、そして娘と共に城に籠っていた。この娘が後に出家し、歴史の生き証人として壮絶な籠城戦の様子を後世に残すことになる。それが、
「子どもあつまりて、おあん様、むかし物がたりなされませといへば…」
という書き出しで始まる「おあむ物語」で、「おあむ(ん)」とは尼の敬称を指す。関ヶ原から数10年を経たある穏やかな日、子供たちにせがまれ昔話を始めるおあむ。語られるのは、血と硝煙の匂いに満ちた凄惨な落城前夜の模様なのだが、子供を前にしているからだろうか、文面からはおとぎ話のような穏やかさすら感じられる。

「北の塀わきより はしごをかけて。つり縄にて下へ釣さげ。さて たらひに乗て。堀をむかうへ渉り…」
とおあむが語ったように、たらいを舟の代わりに堀を渡り、城を抜け出すことに成功した。大垣城の天守閣脇には今もなお、おあむ一家が松の木を伝って城を脱出したことに由来する「おあむの松(現在は2代目)」が青々と枝を広げている。
女子大生船頭さんも登場
鯉の速さで川を下る30分

おあむ一家が脱出に用いたのは標準的な「洗いたらい」で、おそらく大人一人がようやく乗れるほどの大きさしかなかっただろう。しかも時折銃声が聞こえる中、夜陰に紛れての決死行だ。楽しいということなど全くなかったと思われるのだが、現在のたらい舟はもう、楽しいの一辺倒だ。
取材に伺ったのは、朝から小雪のちらつく2月中旬。しかし運よく、たらい舟試運転の日に行きあたった。「おあむ様」というより、気分は大垣のご当地キャラ「おあむちゃん」。たらい舟で、いざ水門川に漕ぎ出した。

本日、私を案内して下さるのは宮川靖司さん・73歳。普段は西濃水産漁業協同組合で、河川環境を守るためフナ・アユなど川魚の放流を担当しておられる。たらい舟を操って11年、新米船頭の指導も務める大ベテランだ。(※2016年取材時)

事実、船頭さんの中には数名の女子大生も含まれるそうで、バランス感覚さえ掴めば、うら若き乙女にも操船可能。たらい舟とはそういう、優しい乗り物なのだ。
乗り心地も、「漕ぎ進む」というより「浮き流れる」という感覚に近く、一般的な川下りとは違った浮遊感がある。一寸法師のお椀の舟のように、掌に収まるサイズではないのだが、たらい舟の円周と取り囲む水面の全てが視界の内に収まるからか、川に包み込まれたような不思議な安心感もある。素朴でありながら、なんとも贅沢な乗り物、そんな印象が強く残った。

乗船区間は約1.1km、これを30分ほどかけて下るのだが、時速に換算すると約2km。鯉は時速2.5kmで泳ぐと言うから、まさに鯉と一緒に鯉の速さで川を泳ぐ、そんな感覚を楽しむことができる。これには子供たちも大喜びで、たらい舟をクルクル回してほしい、とリクエストされることもあるのだとか。

入学式に入社式と、新しいこと続きで何かと気ぜわしい春。時には日常を離れ、川面に浮かぶ葉桜のように、たらい舟でゆらゆらクルクル、自然のリズムに身をゆだねてみてはどうだろう。
水の都おおがき「舟下り」
岐阜県大垣市船町2-26-1 奥の細道むすびの地記念館内(大垣観光協会)
[期間]2017年3月25日(土)~4月9日(日)※4月2日(日)を除く
[乗船時間]午前/9:20発、10:10発、11:00発、11:50発
午後/13:20発、14:10発、15:00発、15:50発
※所要時間約30分
[乗船料]大人1,000円/人、こども(小学生以下)500円/人※すべて税込。一艘につき6名まで(こどもは2人で大人1人分)。
※こども(小学生以下)だけ、および4歳未満の幼児は乗船できません。
[申込方法]電話にて事前予約
0584-77-1535 大垣観光協会事務局
水の都おおがき「たらい舟」
岐阜県大垣市船町2-26-1 奥の細道むすびの地記念館内(大垣観光協会)
[期間]2017年4月15日(土)~5月7日(日)の土・日・祝祭日
[乗船時間]午前/9:20発、10:40発、12:00発
午後/13:40発、15:00発、16:20発
※所要時間約30分
[乗船料]2,000円/艘※税込。1艘につき3名まで(180Kg以内)。
※こども(小学生以下)だけ、および4歳未満の幼児は乗船できません。
[申込方法]電話にて事前予約
0584-77-1535 大垣観光協会事務局

船坂文子
農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。