青春のローカル線・明知鉄道を「寒天列車」で行く。カラダもココロも、芯からキレイになれる鉄道の旅

2016.05.21 更新

カロリーがほとんどなく、食物繊維をたっぷり含むダイエッターの救世主「寒天」。食事に取り入れようにも、レシピに困ったという方も少なくないだろう。「ゼリーやサラダだけじゃない寒天料理の数々をいただける」だけならありふれているが、今回の旅はそれをローカル鉄道の食堂車で堪能できる。しかもそれは、日本の鉄道において「日本一」と「日本唯一」の称号をあわせ持ち、鉄道ファンのハートを鷲掴みにする「明知(あけち)鉄道」なのだ。美容女子も鉄子もご満悦の旅へ、いざ寒天列車でGO!

岐阜県恵那(えな)市には、明知鉄道というローカル線がある。昭和60年、旧国鉄明知線を引き継いだ明知鉄道株式会社が運行する鉄道路線で、路線距離は25.1km。起点「恵那駅」から終点「明智駅」までを、11の駅が結んでいる。

始発から終電まで上り下りとも1時間に1本。14往復のうち、3本を除いてすべて各駅停車、有人駅は3駅のみ。と、絵にかいたようなローカル線なのだが、特徴的なのは1日の平均乗降者数1,157人(平成26年度実績)のほとんどが、沿線に住む高校生だと言うこと。このため通常は1両なのだが、登下校の時刻には学生のため2両編成となる。
地元では、「あけてつ」と呼び親しまれる明知鉄道。きっと沿線の子供たちは、生まれて初めて持つ定期は「あけてつ」の通学定期なのだろう。
平日の昼間や休日に多いのは地元の高齢者、そして観光客の姿。実は明知鉄道、営業開始の2年後から熱心に観光列車を企画・運行させている。
「きのこ列車」「じねんじょ列車」「おばあちゃんのお花見弁当」「おばあちゃんの山菜弁当」など、地元の食材を楽しむことのできる食堂車のほか、自転車と一緒に乗車できる「チャリンコ列車」や、現役の列車(気動車)を運転することのできる「気動車運転体験」といったアクティビティ企画もラインナップ。年間を通じ、明知鉄道に行けばきっと何かが楽しめる、そんな愉快なローカル線なのだ。

面食らうほど懐かしい。ホームに立てば、
気分はもう、お下げ髪の女学生

今回ご紹介する寒天列車は、観光列車の記念すべき第一弾として昭和62(1987)年に開始されたもの。「恵那駅」から数えて8つ目、「山岡駅」のある恵那市山岡町は、細寒天の生産量日本一の町。山岡の細寒天をふんだんに使った料理を、車窓を眺めながら楽しむことができる。

4月~9月に運行される寒天列車は事前予約制で、料金は1日フリー乗車券も含み税込5,000円だ。出発地となる恵那駅で購入する切符は、上写真のような通行手形のデザイン。これだけでも十分、旅の記念品になりそうだ。
寒天列車の恵那駅発は12時40分。12時30分までに受付を済ませ、改札前に掲示された座席表で自分の場所を確認する。
ほどなくして、すぐ先の踏切が下りる音がした。続いてホームでは、列車の到着を知らせるベルが鳴る。そう、今時の駅は電子音だが、明知鉄道は昔ながらの「ジリリリリ」というベル音が現役。ヨレヨレの袴にくしゃくしゃのお釜帽をかぶった探偵さんが、下駄を鳴らしながら駆けてゆく、あの背後に流れている音だ。
それと同時に昭和20年代に流行した歌謡曲が流れ、本日同席させていただく50代と思しきご婦人がたから歓声が上がる。私も思わず口ずさんでしまうが、決してリアルであの歌を聴いた世代ではない。
食堂車が連結された急行7009D(大正ロマン1号)は、昼間に1本だけの急行列車。けれど終点「明智駅」までの所要時間は53分、各駅停車(49~50分)よりも実は長い。停車駅を減らす分ゆっくり走り、食事をのんびり楽しんでもらおう、という趣向なのだ。
しかし、各駅停車より遅い急行というのは、それだけで鉄道ファンにはレアな一本かもしれない。
乗り物での観光に欠かせないのはお弁当、そしてガイドのお姉さんではないだろうか。寒天列車にはガイドさんが同乗し、料理の紹介だけでなく沿線の見どころも案内して下さる。
写真は本日のガイド、入社5年目の小崎 聡美さん。以前は観光バスに乗務していたというだけあって、笑いどころを的確に突いてくる名ガイドさんだ。
明知鉄道は全線非電化、車両はすべてディーゼル動車。扉は折りたたみ式で、電車というよりバスを思わせる。対面式の座席の前に長机があり、その上に三段の弁当箱が並ぶ様子は、なんだか給食の時間みたいだ。
机の上の名札を確かめ座席に腰掛けると、弁当箱の上のお品書きがまず目に飛び込む。盛りだくさん、そしてどの段にも寒天の文字が躍る。早く蓋を開けたくなるのはもっともだが、本日のお料理を作って下さった「山岡駅 かんてんかん」の方が、きれいに並べて下さるのでしばし我慢すべし。
全員が着席し、色鮮やかな三段のお弁当箱が開いたところで、まずは皆で乾杯。ボルドー色が美しいこのジュース、その名を「クールスカイ」という。クール(寒い)スカイ(天)で、寒天。笑うところかもしれないが、思わず深く納得してしまう。
飲んでみると、色の正体は紫蘇だと分かる。よく見ると、同色のクラッシュゼリーが浮かんでいた。もちろん、寒天ゼリーである。
着席した時から気になっていたのが、弁当箱脇のところ天突き。初めて見るという方も多いかもしれないが、ところ天突きは角形の筒で、出口には網目状の糸が張られている。筒に収まるサイズに固めた寒天を挿入し、天突き棒で押し出せば、ところてんが完成するという仕組み。シンプルな構造なのだが、初めて触る人はたいてい感激する。
寒天列車では、ところてんが前菜の位置づけ。定番の三杯酢でいただくところてんは、市販品にありがちな添加物臭が一切ない。さすが山岡の細寒天である。

日本で一番、キツイ坂道にある「飯沼駅」
住民を思う心がなければ、こんな所に駅はつくらない

ディーゼルエンジンが唸りを上げ、いよいよ寒天列車が出発する。そして待ちわびたお弁当、まずは一の段から。
本日のお品書きは、写真手前右端から時計回りに
・特製玉子焼き
・サーモン巻
・冷製茶碗蒸し
・寒天サラダ
・寒天の海老抱え
・寒天すし
の6品。どれから食べようか、迷ってしまう華やかさだ。
寒天には棒寒天と細寒天があるが、調理において「溶かして使う」ことはどちらもできる。しかし細寒天にしかできないのが、水で戻したそのままの姿で料理に用いる、という技法。写真の「寒天寿司」はその好例で、氷柱のようにキラキラと輝く細寒天が、目にも涼やかな一品となっている。

寒天そのものはカロリー同様、固有の味もほとんど持たない。逆にいえば、どんな味付けにも変えられるということで、「寒天寿司」も無色透明ながら出汁が含ませてある。
細寒天ひとつあれば、幅広い料理ジャンルに対応可能。一の段でいきなり、細寒天のポテンシャルの高さに感心する。
二つ目の駅「飯沼駅」が近づく頃、ガイドさんによる見どころの紹介が始まる。
冒頭でご紹介したとおり、明知鉄道の路線距離は25.1kmと短い。しかしこの短い距離の中に二つの峠があり、最初の駅を過ぎたあたりからずっと線路は上り坂となる。その勾配は「33パーミル」という単位で表されるが、これは1km進むごとに33m登る、ということだ。
平坦でないのは線路だけでなく駅舎の建つ土地も同様で、なんと「飯沼駅」は普通鉄道としては日本で最も勾配が急な場所にある。このため上写真・黄色の部分、基礎を傾斜させることで駅舎を水平に保っている。

本来、33パーミルの場所に駅設置は認められていないのだが、周辺住民の新駅開設を求める声は強く、運輸省(現・国土交通省)の特別な許可を得て、ようやく平成3年に開業した。
ちなみに、日本で2番目に急勾配の場所にある駅は「野志駅」。終点「明智駅」のひとつ手前、やっぱり明知鉄道なのである。

「飯沼駅」の次、「阿木(あぎ)駅」から徒歩6分ほどの場所に、中津川市立阿木高等学校がある。冒頭、明知鉄道の利用者はその多くが高校生、とご紹介したが、阿木高校の生徒はほぼ全員が「あけてつ」で通学している。このため、始業・終業の時間は明知鉄道の時刻表とリンクし、明知鉄道が遅延すれば阿木高校の授業開始もやっぱり遅れる。
つながりの強さ・深さを感じさせるが、寝坊の言い訳に「列車が遅れて…」が使えないのは、ちょっとツライかもしれない。

日本で唯一の「極楽駅」
「極楽ゆき」の片道切符は、ここでしか手に入らない

定刻通りに到着することなど、まずないバスで高校に通った私は、電車で通学する同級生を羨ましく思ったものだ。そんなことを思い出しつつ、お料理は二の段へと進む。

お品書きは、写真手前右端から時計回りに
・サーモンカルパッチョ
・長芋かん
・寒天中華和え
・かも肉のジュレのせ
・寒天白和え
・山金豚(やまきんとん)の冷製しゃぶしゃぶ

ダイエットするぞと心に決め寒天列車に乗り込んだものの、やっぱり肉への未練は断ち難い。そんな女子の複雑な心を、二の段は慰めてくれる。恵那山の麓、美しい夕立山(ゆうだちやま)高原で育った「山金豚」の脂は甘く、不飽和脂肪酸が多い鴨は肉界きってのヘルシー食材。欲望に負けたのではなく、食べる価値があるからいただくのだ。
その「かも肉のジュレのせ」だが、名前の通りソースの代わりに寒天で固めたジュレと一緒にいただく。
サラダのドレッシングが食べている間に水っぽくなる、とお困りの方は、ぜひ寒天ジュレを使ってみてほしい。一度固まった寒天は水に溶けることはないので、神経質に野菜を水切りしなくても、最後まで濃厚なままドレッシングを楽しめる。
ほとんどの区間が、両側から木々の迫る山道を走行する明知鉄道だが、「阿木駅」と「飯羽間(いいばま)駅」の中ほどあたりで、急に視界が開ける。車窓の向こうに広がっているのは、平成元年に「農村景観日本一」に選ばれた岩村町の富田地区。なだらかな山裾から茫洋と田畑が広がる光景に、食事を忘れてつい見入ってしまう。
明知鉄道が走っているのは、富田地区のちょうど中央あたり。眺めるだけでなく、自らもまた日本一の農村風景の一部となる。ここでは、そんな体験もできるのだ。
そろそろ旅も中盤、寒天列車は6つ目の駅「極楽駅」に差し掛かる。名前だけでも十分にありがたい駅なのだが、ホームにはなんとお地蔵様まで立っている。
「幸せ地蔵」と名付けられたこのお地蔵様を、真正面から拝むことのできる場所で停車するかどうかは、運転手さんのブレーキ操作とあなたの運次第。万が一ベストポジションを逃しても大丈夫。「極楽駅」は寒天列車の停車駅なので、お地蔵様の姿を求め車内を移動することもできる。
「極楽」を含む名前の駅は全国に数ヶ所あるのだが、そのもの「極楽」という駅名は明知鉄道「極楽駅」だけ。このため「極楽ゆき」の切符は、単なる乗車券を超えた人気のお土産でもある。これさえ手に入れれば、あなたも私も大往生間違いなし。

ちなみに切符と言えば、昔は改札口で駅員さんが改札鋏をパチンと入れる硬券だった。しかし1970年代に入り自動改札機が普及すると、裏が茶色い磁気切符に取って代わられ、今や収集品としての価値が出るほど硬券は希少な存在となった。
けれど、古き良き時代の名残をとどめる明知鉄道では、切符はすべて硬券。1枚1枚、駅員さんがパチンと鋏を入れてくれる。
お弁当も、ついに最後の三の段。お品書きは、写真手前右端から時計回りに
・季節のデザート
・寒天梅そば
・黒米ごはん
・野菜のテリーヌ
・串原こんにゃくの寒天味噌かけ
・特製水ようかん
シメにご飯ものだけでなく麺類もつき、別腹デザートはなんと二種類。食いしん坊も満願成就なメニューである。
古代米の一種である黒米は、もちろん恵那産。さらにご飯の上のピンクのふりかけは、なんと寒天。やわらかなご飯を邪魔しない、寒天ならではのソフトな食感がたまらない。
こちらはデザートに見えるが、野菜のテリーヌ。コンソメスープを固めた寒天の中に、枝豆・スイートコーンが浮かんでいる様子は、まるでジュエリーのような美しさだ。

恵那駅でズラリ並んだ三段のお弁当箱を見た時は正直、食べきれるだろうかと思った。しかし終わってみれば全19品、デザートに至るまでひとつ残らず完食してしまった。
それにしても、さすがに寒天。満腹感はちゃんとあるが、胃が重いということは全くない。むしろ、カラダの中をキレイにしてくれるものをたっぷり腹に収めた、その満足感の方が大きかった。
食事が終わっても、鉄道の旅はもう少し続く。前述の通り、ほとんどの区間が山の中、さらに勾配の険しい坂道を上り下りする明知鉄道。山々が紅葉し落ち葉が舞う季節になると、関係者を悩ませるのが落ち葉から出た油で車輪が滑り空転すること。これを防止するため明知鉄道では、すべての車両の前輪駆動軸に砂をまく設備が装着されている。

滑り防止の砂、滑らない砂…。ということで明知鉄道ではこの砂を、岩村町にある巌邑(いわむら)天満宮で御祈祷いただいた上で、合格祈願の「すべらない砂」として販売している(税込500円)。
ちなみに「すべらない砂」。受験生だけでなく、「今度の企画がすべりませんように」「明日のプレがすべりませんように」と願うビジネスマンや、芸人の間でも重宝されているらしい。

人の思いが線路をつなぐ「あけてつ」には
笑顔の忘れられない鉄旅がある

見どころ満載、お腹もいっぱいの充実した旅もいよいよ終わり、終点「明智駅」に到着する。迎えて下さったのは、寒天列車をはじめとする観光列車や、「すべらない砂」など明知鉄道オリジナル商品の企画も担当する広報の伊藤 温子(あつこ)さん。明知鉄道に乗車するだけでなく、沿線の各町を多くの観光客に楽しんでもらうため、地域の魅力発掘に日夜奮闘されている方である。

全国の鉄道ファンが集まる明知鉄道。わけても撮り鉄の中には熱心な「あけてつ」ファンも多い。年に数回しかない雪の積もる日は決まって、シャッターチャンスを逃すまいと早朝から三脚を構える撮り鉄たちが線路沿いに現れるそうだ。
乗務中、そんな撮り鉄を発見したならば、伊藤さんは列車の窓を力いっぱい引き上げ、「その写真、あとで送ってーッ」と叫ぶ。するちとゃんと、後日メールで写真が送られてくる。強い絆で、ファンと結ばれた鉄道なのである。
終点「明智駅」で、伊藤さんが教えて下さった「鉄道ファン垂涎のレアもの」が上写真の駅名看板。現在では製造されておらず、コレクターアイテムとなっているホーロー製である。ほとんどの鉄道・駅が樹脂製に置き換わる中、現役で活躍するホーロー製駅名看板も、明知鉄道ならではの貴重な財産なのだ。
復路、「恵那駅」へと向かう上り列車は、各駅停車の旅。時刻は13時30分を少し回ったところ、1日フリー切符を利用して沿線の観光地を巡るには十分な時間だ。
取材に伺った日は沿線の小学校の遠足があるそうで、我々が乗車した列車は特別仕立ての3両編成。運転手さんもお二人で、左が板倉 匠(たくみ)さん・右が川嶋 英嗣さん、生まれは共に花の47年組である。
明知鉄道で活躍する運転手さんは現在10名、平均年齢は40代と意外にも若手が多い。でもそれ以上に、笑顔が多い。私が座った車両には板倉さんが乗務されていたが、こんなに笑顔を振りまいてくれる駅員というのを、私は他に見たことがない。
恵那駅へと戻る各駅停車の途中、「阿木駅」近くの小学校に通う遠足帰りの子供たちと一緒になった。隣に座ったきれいな目をした少女の夢は、来月行われる自転車のテストに合格すること。そうしたら、子供だけで自転車に乗って出かけることが許可されるのだそうだ。
自転車に乗って出かけられるようになったら、どこに行きたい?と彼女に尋ねてみた。自転車で30分、長い坂道を越えた先においしいパン屋さんがあって、友達と一緒にそこへパンを買いに行きたい、彼女は笑って答えた。
何年かしたら彼女は、「あけてつ」の定期で通学する高校生になる。そしていつの日か、明知鉄道の先へと巣立っていくのかもしれない。けれど、都会の暮らしに溜息の数が増えるようになった頃、「あけてつ」で通学した日々が彼女の支えとなってくれるはずだ。

青春の最も輝ける日々を共に過ごしたことが、誇りとなるローカル線・明知鉄道。私たち旅人にとっては、かつての青春を甘酸っぱく思い出させてくれる明知鉄道。ディーゼルのエンジン音を響かせながら、いつまでも走り続けてほしい。一度乗車しただけでもそう思わせてくれる、かけがえのない「鉄旅」がここにはあった。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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