郡上八幡発祥のシルクスクリーン印刷でつくる、マイ手ぬぐい。今年の夏はきっと、汗をかくのが楽しくなる

2016.04.23 更新

日本の伝統文化に興味を持つ人が増えている昨今。ファッションアイテムとして、手ぬぐいを愛用する方も少なくないだろう。せっかく手ぬぐいの魅力に気付いたのなら、もう一歩掘り下げてマイデザイン手ぬぐいをつくってみる、というのはどうだろう。体験できるのは、夏の夜を彩る郡上おどりで有名な郡上八幡(岐阜県)。世界に一つだけの手ぬぐいと、この町でしか得られない経験を求めて、さあ旅に出よう。

終戦から4年。その時もう、
郡上にはベンチャースピリットがあった

ある年代以上の方なら、ピカッと光る家庭用印刷機で年賀状をつくった経験があるかもしれない。実はあの製品も、仕組みはシルクスクリーン印刷と同じ「孔版(こうはん)印刷」という方式。微細な孔を通じてインクを染み込ませ、紙などに転写する技法だ。
型染め、捺染(なっせん)とも呼ばれ、江戸小紋や紅型(びんがた)など日本各地で発達してきた染色技術なのだが、その工業化を果たしたのがなぜ郡上という土地だったのか。それは歴史の必然というより、先見の明を持った人物が幸運にも郡上で生を受けたから、という方が正しいかもしれない。

シルクスクリーン印刷機が誕生したのは、戦後間もない1948年のこと。発明したのは岩手県出身の菅野一郎という人物だった。しかし当時、印刷と言えば謄写版(とうしゃばん)、通称「ガリ版印刷」がすでに広く普及。後発のシルクスクリーン印刷に、どの程度のビジネスチャンスがあるのか。確かなことは何ひとつない中、投資を判断したのが郡上市にある美濃紙業所、現在の株式会社ミノグループだった。
1949年には「グランド印刷」の名称で、シルクスクリーン印刷用機材の製造販売を開始。さらに、シルクスクリーン印刷の職人を養成する施設を郡上八幡に開設。ここで技術を学んだ職人たちが全国へと巣立ち、今日のように衣服から自動車まで、幅広い産業分野でシルクスクリーン印刷は活用されることとなった。

水と空気以外なら何にでも印刷可能といわれ、アートの世界でも多くの作家が愛用するシルクスクリーン印刷。しかし、シルクスクリーン印刷機を見たり触れたりしたことがある方は、ほとんどいないのではないだろうか。
実は発祥の地である郡上八幡でも、我々一般人がシルクスクリーン印刷を体験できる場所はほとんどない。その限られた場所の一つが、今回の訪問地「Takara Gallery workroom(タカラギャラリーワークルーム)」だ。
▲タカラギャラリーワークルームへは、観光スポットの一つ「いがわこみち」を通るのがいい。ここはいつ来ても、深い緑と澄んだ水音があるだけ。日常からアートの世界へと、ココロのスイッチを入れ替えるのにちょうどいい

他国から来た嫁として、あるいは妻としてではなく
彼女は自分の足で郡上の地に立ち、根付くと決めた

格子とブルーのシェードが印象的な店舗で我々を迎えてくれたのは、オーナーの上村 真帆(かみむら まほ)さんと、看板犬のワトソン君・5歳。町屋をリノベーションしたというだけあって、外観は古い商家のたたずまいだが、中に一歩入るとそこにはコンクリート打ち放しのモダンな空間が広がっている。2012年のオープン当初から、「シルクスクリーン印刷による手ぬぐいづくり体験の場」として構想されただけあって、なるほど機能的な「ワークルーム」の顔つきをしていた。

真帆さんは愛知県出身で、美術を学んだのも愛知県。専攻はグラフィックデザインで、就職した後も勤務地は愛知や東京。シルクスクリーンとも郡上の地とも、何の接点もなく過ごしたかもしれない真帆さんの人生を、この場所と現在の事業へと引き寄せたのは、ご主人である大輔さんとの出会いが大きい。大輔さんの実家は、郡上市大和町でシルクスクリーン印刷業を営む会社だったのだ。
学生時代からの10年愛を経て、結婚したのが2009年。ダンナが長男で家業を継ぐため、やむなく地方へ移住するヨメ、という話はよく耳にする。しかし、そういう良くあるヨメじゃないのが、真帆さんの真帆さんたる所以なのだ。
これまでの経験を活かし、大輔さんの実家でグラフィックデザイナーとして活躍する、そういう選択肢はもちろんあったし、それが一番「穏当」だったかもしれない。けれど、自ら望んで選んだ場所ではない郡上の地で、彼女がちゃんと息をして生きていくためには、「結婚に紐づくもの」とは別に、自らが考え自らがつくり出す「何か」が必要だった。

目の前にあるのは、家業であるシルクスクリーン印刷。偶然にもそれは、郡上で誕生した技術。そして郡上の町には年間を通じ多くの観光客が訪れ、同じく郡上発祥である「食品サンプルづくり体験」が、観光資源として定着している。
しかし、ここで単純に「シルクスクリーン印刷を体験できるお店」と、思考停止に陥ってしまわなかったことが、真帆さんのビジネスマインドの高さを示している。「シルクスクリーン印刷×郡上だからこそ」を考えた結果、思い浮かんだのが郡上踊りのマストアイテム、手ぬぐいだったのだ。
▲せっかく郡上に来てくれたのなら、郡上らしいものをつくって、その経験もお土産にしてほしい、と話す真帆さん。壁に躍る手書き文字、その言葉と字体の優しさにも、真帆さんの思いが感じられる

郡上が生んだシルクスクリーン印刷で、郡上の夏には欠かせない手ぬぐいづくりを体験できる場所をつくろう。
そう決まった後は、婦唱夫随。大輔さんの助けも借りながら真帆さんは、タカラギャラリーワークルームのオープンを実現する。

正直な話、郡上に来るのはイヤでイヤで仕方なかった、と笑う真帆さん。しかし、そのアウトサイダーとしての冷静な観察眼が、今や多くの観光客が訪れる「手ぬぐいづくり体験」というビジネスを成功させたのかもしれない。

アマゾンの毒カエル的色彩感覚の“選べない女”に、
スタイリッシュなマイ手ぬぐいは、実現可能なのか?

過去と他人は変えられなくとも、自分と未来は変えられる。真帆さんの生き様にそんな言葉を重ねながら、いよいよ手ぬぐいづくりスタートである。
何と言ってもまずは、どんな柄にするか。手ぬぐいの柄と言えば、古典的な模様も粋だし、美しい日本の風物を写したデザインも捨てがたい。実はここに来る前からあれこれ思案していたのだが、柄見本を前にやや茫然自失とする。
定番の水玉、ストライプ、唐草模様、そして水の町らしい水紋や鯉の絵柄、郡上おどりを躍る人影、下駄。どれもかわいい、どれも好き、そして選べない…。
これらはすべて、真帆さんと大輔さんとお店のスタッフがデザインしたもので、その数は常時30種類。しかも季節の変化に合わせ2か月ごとに入れ替わり、さらに同じ春の桜でも毎年デザインを新たにするというから、組合せのバリエーションは、ちょっと気の遠くなるような数になる。とか考え出すと、さらに選べなくなる。

一つの柄を一色で印刷する基本料金が1,000円(税込)。柄をひとつ追加する、あるいは同じ柄を色を変えて印刷すると、プラス500円(税込)。追加料金を払えば全ての柄を印刷することも物理的には可能、と一瞬いけない大人の考えが頭をよぎったが、デザインセンスというものを考えるとやはり、3種類くらいの柄をそれぞれ異なる色で印刷するのが妥当だと思い直す。
しかし肝心なのは、どの柄を選ぶか。ああでもない、こうでもないと考えあぐねてしまう。真帆さんは「直感的に選べば良いんですよ」とアドバイスして下さるが、自分の直感というヤツが一番信用ならないんですよ、とはちょっと言えない。
頼りない直感に導かれるまま、エイッと選んだのが、「ドット(水玉)」「郡上おどり」「郡上踊提灯」の3種類。「良い組み合わせですよ」と言ってくれる真帆さん、あなただけが私の拠り所です…。
▲郡上おどりで手ぬぐいは、半襟のように使用される。汗が浴衣を直接濡らすことを防ぐ、郡上人の知恵である

次に、手ぬぐいの布。一般的な手ぬぐいサイズの90cmと、郡上おどりで用いられる100cmサイズのどちらかを選ぶ(100cmサイズは追加150円・税込)。また生地の色も、白・黄・桃・青から選ぶことができる。どうしますかと問われ、迷わず白をチョイス。即答できる自分を褒めてあげたい。
そして最後が最難関、インクの色選びである。インクの色は17種類、淡い色からヴィヴィッドな色まで豊富に揃っている。色見本として並んでいるのは、郡上八幡を走る長良川鉄道の車両デザイン。色が選べないどころか、やっぱり長良川鉄道の柄もいいなあと迷いが生じる。あぁ、キュートな長良川鉄道柄が憎い。
自慢にならないが、私は色彩感覚が弱い。だからついつい着る物は同系色でコーディネートしがちだし、あえて反対色に挑戦すればアマゾンの毒カエルみたいになる。ここはやはり、プロにアドバイスを求めるべきだと判断し、真帆さんに泣きつく。
考えるべきはやはり、仕上がりのイメージ。私の場合、ドットを全体に敷きたいと考えている。つまり郡上おどりと郡上踊提灯は、ドットの上に重ねて印刷することになる。郡上おどりと提灯を際立たせたければ、ドットは淡い色の方がいい。
シルクスクリーンで用いる顔料は発色が良いため、「ヴィヴィッドな色を重ねてもキレイですよ」と真帆さんは囁くが、私がそれを始めるとアマゾンの毒カエルまっしぐらだと言うことは分かり切っているので、ドットは薄い水色、郡上おどりは明るい茶色、提灯はちょっと勇気を出して鮮やかなオレンジにようやく決定する。
選ぶものをすべて選びスッキリしたところで、生まれて初めてのシルクスクリーン印刷に挑戦である。まずは、用いる道具を説明しよう。
上の写真が印刷の版となるスクリーン枠で、ポリエステルのメッシュ(網目状の布)が張られている。以前はこれにシルクを用いていたことが、シルクスクリーンの名の由来だ。
印刷したい図柄以外の部分はインクを通さないよう薬剤で処理されており、メッシュの上に図柄が浮かんでいるのが見て分かる。
次に、スキージと呼ばれる道具。これはインクを刷り込むヘラのようなもので、先端はゴム製。弾力があるため、しっかりスクリーンに密着させることができる。
これにインクを加えた3点が、シルクスクリーン印刷に必要な道具のすべて。とてもシンプルなのだが、だからといって油断はならない。まずはインクをのせる前に、スキージの動かし方から練習である。
まずは基本姿勢。スクリーンに対し体を正対させ、両手で握ったスキージは45度の角度に傾ける。45度ってどれくらい!?と思わずパニクるが、真帆先生が手を添え正しい角度を示して下さるので大丈夫。45度を保ったまま、スクリーンの上から下へとスキージを滑らかに動かせば、それで印刷完了。なのだが、どうにもスキージの動きがぎこちない。「インクが乗ったら、スムーズに動かせますよ」と先生はおっしゃるものの、やっぱり不安は拭えない。
不安を拭えないまま、本番突入。まずは全体に配置するドット柄を水色で。
ドットのように同じ柄を全面に印刷するものを「総柄」と呼び、一か所刷り終わったらスクリーンを横へ移動、を6回繰り返し全体に柄を印刷する。スクリーン移動は手動のため、配置する場所を間違えれば柄の継ぎ目が露わになってしまうが、そこはプロの真帆先生が引き受けて下さるので大丈夫。私はただ、スキージを上から下へと動かせばいい、だけなのだが、どうにも緊張してくる。
スキージにインクを取ったら45度に傾け、力を入れながら下へ。そこでいったんスキージを少し浮かせ、余分なインクを落としたらスタート地点に戻る。そして再び、45度で上から下へとスキージを滑らせる。
頭の中で、スキージに押し込まれたインクがスクリーンの穴を通り、生地に染み込む様子を思い浮かべながら…なんて余裕はなく、息をする隙もなく、またたく間に水色の水玉模様が出来上がっていった。
次の柄に移る前に、ドライヤーでインクを乾燥させる。用いるのは美容師仕様の大型ドライヤー、みるみるインクは乾いていく。

スクリーンにインクを乗せる作業は、まるで鉄板焼き職人のような鮮やかな手つきの真帆先生が担当。だから問題となるのは、スキージの動かし方だけ。おそらく、45度の角度で適度に力を入れることで、ゴム面は最も効率的かつ均等にインクを刷り込むことができる、のだと思う。グイグイ押せばたくさんインクが染み出る、そう単純なものではないと思うのだが、直感的についそんなふうに考えてしまい、余分な力が入ってしまう。ちなみに過去に2人ほど、力の入れ過ぎでスキージを折った男性がいたらしい。
続いて郡上おどり柄を印刷する頃には肩の力も抜け、気持ちの余裕も出てくる。インクに顔料を用いるシルクスクリーン印刷は、染料を用いるオフセット印刷に比べ30倍もインクが厚くのる、という特徴がある。このため色褪せしにくく、鮮やかさを長く保つことができるのだとか。汗っかきにシルクスクリーン印刷の手ぬぐいはマストアイテム、と言えよう。
気持ちに余裕が出てくると人間、間違いを犯すものである。調子に乗ってドライヤーをブンブン振り回していたら、半乾きのインクに吹き出し口が接触。当然の結果として、帯の下にそこだけ白く半月形の跡が残ってしまった…。
そういえばビビリな私に真帆先生は、多少の「かすれ」や「にじみ」は失敗ではなく、「味」なのだと話してくれた。そう、これは失敗じゃない。でも、真帆先生には内緒。
いよいよ最後の柄、郡上踊提灯の出番である。水玉も郡上おどり柄も整然と並んでいるので、提灯は少しランダムに配置してみようと考えた。
総柄のスクリーン移動は真帆先生が担当して下さったが、心のままにランダム配置する提灯柄は、自分でスクリーンを動かさねばならない。しかし、印鑑さえ滅多にまっすぐ押すことができない私である。ここは逆転の発想で、思い切った斜め配置に。左手でスクリーンを押さえ、右手一本でスキージを動かす。
提灯柄のようにポイントとして使う「チビ柄」シリーズは、8回まで連続して印刷することができる。が、8回もこの作業を続けていたら心臓がもたないので、5回に留めておいた。
最後にマイ手ぬぐいの証・イニシャルを落款風に印刷する。名前の頭文字をひらがな、またはアルファベットで刻印するオプションは、一文字200円(税込)。アーティスト風に右下に印刷するのもいいが、私が選んだ郡上おどり柄なら、踊り手が掲げる、あるいは頭に乗せるなど、遊び心を加えることもできる。
ちなみに私は郡上八幡の夏の風物詩、カンテラによる吉田川沿いライトアップにちなんで、カンテラ片手に踊る人。
そうしてついに、マイ手ぬぐいが完成。通常、体験に要する時間は柄や配置を考える時間が約10分、実作業約20分の合計30分ほど。子供たちは直感的に素早く色も柄も選ぶそうだが、迷うことも大人には必要な時間だ。
「タカラギャラリーワークルーム」の「タカラ」は、オーナーの名前でもなければ地名でもない。由来を示すのが、上の写真。国内外アーティストのつくった作品を、真帆さんがシルクスクリーンで印刷した手ぬぐいなど各種商品だ。
彼らはいずれも、真帆さんがニュージーランド留学中に知り合った友人や、SNSを通じて出会ったアーティストたち。自らがつくり出した作品を「タカラモノ」と呼ぶ彼らの言葉と思いが、「タカラギャラリーワークルーム」の名には込められている。
あらゆるものが機械化され、大量生産される時代に、真帆さんはスキージを動かし、ひと刷りひと刷り手作業で、アーティストたちの作品を人々の暮らしを彩る商品へとプロデュースしている。
プロフェッショナルだからこそ、その仕上がりは機械なのか手作業なのか、素人目に判別はできない。けれど、目には見えずとも手から手へと伝わっていくもの、手から手へとしか伝えられないものがある、と真帆さんは語る。
自分のため、あるいは誰かを思いながら動かす「手」は、人にしか持ち得ないのだ。
帰り際、真帆さんが「いってらっしゃい」と声を掛けてくれた。自然に、「いってきます」と答える自分がいた。今度訪れる時は「ただいま」と言いたくなる、郡上八幡はそんな町であり、そんな女性のいる場所だ。

もうすぐ、汗ばむ季節がやってくる。郡上では、粋な手ぬぐいで襟元を飾った人々が、夜な夜な踊り歩く時を待ちわびる。
あなたもこの町で手ぬぐいづくりを体験したなら、思い出してほしい。汗を拭って見上げた空は、いつだって郡上八幡につながっている。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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