肉部鶏肉派男女に捧ぐ。郡上市明宝のソウルフード「鶏ちゃん」、名店4つの味を一度に食らう、煩悩全開の旅

2016.04.16

岐阜県民が「明宝(めいほう)」と聞くと、続く単語は「スキー場」か「ハム」だったりするのだが、実は近年、ここにもうひとつ新たなキーワードが加わった。それが「明宝の鶏(けい)ちゃん」。郡上市明宝は今や、「鶏ちゃんの里」を名乗るほど鶏ちゃんがアツイ。お店によりすべて味は異なり、一つとして同じものはないというディープな鶏ちゃんの世界へ、あなたをご案内しよう。

明宝の人はきっと、
体の7分の1は鶏ちゃんでできている

明宝に住む人は皆、鶏ちゃんについて一家言を持っている。それは「我が家のレシピ」だったり、「どこのお店が一番おいしいか」だったりするのだが、共通しているのは、彼らの自宅冷蔵庫あるいは冷凍庫の中に、一つや二つ鶏ちゃんが常備されていることだろう。週に一度は鶏ちゃんが食卓に並ぶ家庭も多いというから、彼らの体の7分の1ほどは鶏ちゃんでつくられている、と言ってもいい。

岐阜県民以外の方の多くは、「鶏ちゃん」をご存知ないかもしれない。鶏ちゃんは飛騨地域全域で食べられる料理で、名前の「鶏」が示す通り、味噌・醤油など調味料に漬け込んだ鶏肉を、キャベツ・モヤシといった野菜と一緒に炒めたものだ。
味付けから自宅で、というご家庭もあるが、感覚的には「鶏ちゃんはお店で買って、家で炒めて食べるもの」。精肉コーナーに鶏ちゃんが並んでいないスーパーというのは、飛騨人にはちょっと考えられない光景である。

名古屋人にとっての「味噌カツ」がそうであるように、飛騨人にとって鶏ちゃんは分かちがたく魂に結びついたソウルフード。異郷で鶏の野菜炒めを食べている最中に、ふと鶏ちゃんを思い出し、猛烈に故郷に帰りたくなる、そんな存在だ。
それほどに自らの精神と肉体に溶け込み一体化しているからか、鶏ちゃんが観光資源になるとは、10年ほど前まで明宝の人々も考えてもみなかった。
▲めいほう鶏ちゃんのキャラクター、名前はもちろん「Kちゃん」である

飛騨全域に浸透している鶏ちゃんは、一体どこで誕生したものなのか。諸説あるのだが、明宝にもまた発祥の地として語り継がれるエピソードがある。それが、明宝地区の東部に位置する旧・畑佐(はたさ)鉱山で働く朝鮮半島の人々が、鶏肉を調味料=醤(ジャン)で味付け食べたものをルーツとする「鶏+醤=けいじゃん→けいちゃん」説。韓国で多く用いられるコチジャンが甘辛い味噌だということを考えると、調味料の決め手が味噌であることの多い鶏ちゃんに、なるほど通じるものがある。

そういう起源説がどうであれ、ただおいしいから当たり前に食べ続けてきた明宝の人々に、鶏ちゃんの価値を見直すきっかけを与えたのは過疎化と、東海北陸道開通による観光客の減少だった。
名のある地鶏を用いているわけでもない。野菜も季節ごとに手に入りやすいものを使っているだけ。普通の主婦が普通に自宅のフライパンでつくるような料理で、果たして観光客を呼べるのか。訝しむ声はあったが、平成19年には「めいほう鶏ちゃん研究会」が発足。平成23年からは毎年B1グランプリに出展し、「めいほう鶏ちゃん」は少しずつ全国でも知られるご当地グルメとなった。

どれにしようか迷うなら、ぜんぶ食べてしまえ
4つの味の鶏ちゃんを、一つ所でオトナ食い

▲鶏ちゃんの殿堂「焼肉屋 げんちゃん」の2代目オーナー石田 家喜(いえき)さん(左から2人目)、「めいほう鶏ちゃん研究会」事務局の河合 美世子さん(右から2人目)と、明宝の愉快な仲間たち

現在、「めいほう鶏ちゃん研究会」には、11の飲食店と5つの販売店が参加。ご当地グルメの中には厳密にレシピを定義し味を統一するケースもあるが、明宝の鶏ちゃんは特に決まりを設けていない。このため店舗によって使用する調味料や鶏肉の部位は異なり、味も食感もまったく違う。このバラエティの豊富さが、明宝の鶏ちゃんの特徴のひとつとなっている。

もうひとつの特徴は、飲食店だけでなく、食材として販売する店舗が多いことだ。これは鶏ちゃんが元来、日常的に家庭で食べられるものだったことに由来するのだが、観光客にとっては買って帰ろうにも、どの店の味が自分の好みに合うか分からない、というデメリットともなる。
そこで、持ち帰り専用の鶏ちゃんも明宝で食べられる場所が必要、と考えたのが今回ご紹介する「焼肉屋 げんちゃん」の先代オーナー。なんとこのお店では、「焼肉屋 げんちゃん」オリジナルの鶏ちゃんと合わせ、4つのお店の鶏ちゃんを食べ比べることができるのだ。

「焼肉屋 げんちゃん」はその名の通り、焼き肉屋さん。平成26年にリニューアルした店内は、全席に無煙ロースターを完備。ザ・焼き肉屋さんのテーブルを囲めば、それだけで肉好きはテンションが上がるはず。そしていよいよ、鶏ちゃんづくしの宴が始まる。
まず最初にいただくのは、「ふたむらの鶏ちゃん(税込400円)」。部位は若鶏のモモとムネを使用。味付けには酒・ショウガ・ニンニク、そして明宝では唯一、赤味噌を用いている。
明宝で広く食されるのは「郡上味噌」と呼ばれる豆味噌で、一般の豆味噌より麹がツンと強く香るのが特徴だ。鶏ちゃんでも味噌味といえば郡上味噌なのだが、先代の奥さまが旅先で口にした赤味噌の風味にほれ込み、「ふたむらの鶏ちゃん」は赤味噌仕立ての味付けとなった。

「ふたむらの鶏ちゃん」はもともと、二村家が営む民宿兼食堂で供されていたのだが、そのお店は昭和の終わりに一度、歴史の幕を閉じている。しかし、仕事帰りに「ふたむら」で鶏ちゃんをつつきながら軽く一杯、を楽しみに生きていた人々は多く、あの味をもう一度と切望する声は止むことがなかった。
待ち望まれた「ふたむらの鶏ちゃん」の復活が、ついに果たされたのは平成19年。営業終了から20年の時を隔ててもなお、何ひとつ変わらなかったその味に、むせび泣いた男衆も少なくなかったことだろう。

今回はそんな「ふたむらの鶏ちゃん」から、若奥さまの二村 美保さんが特別出演。若奥さま手ずから取り分けていただいた鶏ちゃんを、さっそくいただいてみた。
まず最初に驚くのは、肉の柔らかさだ。実は先週、我が家でも夕食は鶏ちゃんだったのだが、肉の食感がまるで違う。さらに、瑞々しくジューシーな若鶏の甘さを、赤味噌がキリリと適度に引き締めている。砂糖を使っていないこの味は、いかにも大人の食べ物と言った印象。次はぜひ、コップ酒片手にいただきたいところだ。
お次は「上出屋(かみでや)の鶏ちゃん(税込400円)」。民宿を営む上出屋でいただくには事前予約が必要だが、「焼肉屋 げんちゃん」ならいつでもオーダーが可能だ。
こちらの鶏ちゃんは、若鶏のモモ肉を使用。味付けは醤油・味噌・ごま油に、砂糖を加えた甘辛風味。明宝の中では最も甘く、小さな子供でなくとも、甘辛いものが好きな人にはたまらない味だ。

癖になりそうなこの独特の味付けには、不思議な物語がある。
上出屋を利用する宿泊客の中に、霊峰・乗鞍から薬の行商に来るおばあさんがいた。そのおばあさんがある日、上出屋の主にこんな話を持ちかける。
親戚に焼き肉店を営む人物があるのだが、実は店をたたむことになった。せめてその店の味だけでも残したいから、秘伝の味付けを受け継いでもらえないだろうか。
それが昭和40年頃のことだそうだが、上出屋では以来、薬売りのおばあさんから教わったレシピを元に、鶏ちゃんをつくり続けている。
そう聞くと、なんだか霊験あらたかな感じがしてくる。
続いて登場するのは、「明宝家(めいほうや)のめいほう鶏ちゃん(税込450円)」。明宝家は、「めいほう鶏ちゃん研究会」の会員が株主となり設立された会社で、いわば現在の「めいほう鶏ちゃんムーブメント」の中心的存在。明宝を代表してB1グランプリで提供されるのも、明宝家のめいほう鶏ちゃんである。

肉は、若鶏のムネとモモを使用。味付けには、ニンニク・タマネギ・ショウガ・砂糖・醤油・酒・ごま油に地域伝来の郡上味噌、さらに一味唐辛子を加えている。
開発当初から、広く全国で幅広い世代の人々に楽しんでほしいと考えられたレシピなだけに、その味は食べる人を選ばない。一味唐辛子のピリリとした辛さはビールにも合うし、甘すぎない味付けは白いご飯がいくらでも進みそうだ。それでいて、明宝のDNAである郡上味噌の麹の香りも立っている。

全国で販売するからと言って、大衆に迎合し過ぎ土地の個性を見失えば「めいほう鶏ちゃん」の存在価値は薄れてしまう。その際どい所を、明宝家の鶏ちゃんは実にうまく突いている。ただの「鶏の味噌炒め」と「鶏ちゃん」の違いがどこにあるか、この一品がそれを示しているように思えた。

鶏ちゃんの原型をとどめる、げんちゃんの鶏ちゃんは
小娘には出せない熟女の魅力、驚きの味

突然だが、あなたはニワトリの親鶏を食べたことがあるだろうか。スーパーで販売されている鶏肉であれ、名のある地鶏であれ、我々が一般に口にするのは生後3ヶ月以内の若鶏がほとんど。明宝の鶏ちゃんも今は若鶏の肉が主流だが、もともと明宝の人々が食べてきた鶏ちゃんは、卵を産まなくなった親鶏を調理したものだった。
というのも以前は、鶏は肉だけでなく卵も貴重なタンパク源。卵を産まないうちに肉だけを食べるという発想はなく、親鶏を調理するのも正月など特別な時に限られた。明宝は養卵業が盛んであったため、親鶏が比較手に入りやすかったが、それでも以前は「子供の食べるものじゃない」と言われたそうだ。
そんな貴重な食材だからこそ、肉だけでなく皮や肝もあまさず使いきる。一度に全部、はもったいないから、味噌・醤油に漬け込み保存する。鶏ちゃん誕生には、そうした背景もあるのだ。

最後にご紹介する「げんちゃん鶏ちゃん(税込400円)」は、鶏ちゃんの原型を今に伝える親鶏を使用。部位は地元で「皮肝(かわきも)」と呼ばれる、肉・皮・肝を使用。今や貴重となった親鶏の味をしっかり楽しんでもらうため、明宝では珍しいシンプルな塩タレで味付けられている。
卵を産まなくなった鶏、つまりは熟女鶏なのだが、円熟期を迎えた女の魅力は、人間も鶏も同じなのだろう。脂の乗り切った、ムッチリとした肉。さらに圧巻なのは、たっぷり蓄えたコラーゲンの厚さだ。
モモ肉を調理する時を思い出してほしいのだが、だいたい皮は途中でべろんと剥がれてしまう。しかし、年季の入った熟女は違う。親鶏は皮と肉をつなぐコラーゲンの層が厚いため、引っ張ってみたところで剥がれはしない。火を通した後も、しっかり密着している。
カロリーが気になる方も、「焼肉屋 げんちゃん」では網の上で調理するため、脂は適度に落ちるからご安心を。そして美肌の友・コラーゲンは、火を通しても溶けて流れはしない。さらに上写真の黄色い部分には、悪玉コレステロールを抑制してくれる不飽和脂肪酸もたっぷり含まれる。
肝、つまりホルモンだが、どの部位が含まれるかはその時々による。しかし、キンカン(成長途中の卵)を見つけたなら、あなたはラッキー。栄養素は卵黄と同様、美肌効果が高いと言われるレシチンだけでなく、数多くのビタミンも含有している。キレイになりたい女子は、奪い合って食うべし。
親鶏の最大の魅力はやはり、その味と独特の弾力だ。最初に食べたのは肝ではなく肉の部分だったのだが、食感はまるで上ミノのよう。これが鶏の肉だとは、言われなければ気付かないかもしれない。
そして噛めば噛むほどに、甘みが口の中に広がる。それは紛れもなく鶏の旨さで、特製塩タレがまたいい具合に甘みを引き立たせてくれる。名のある地鶏もいろいろ食べてきたが、正直な話こんなおいしい鶏肉、私はほかに知らない。

確かに、若鶏のウブな柔らかさもいいかもしれないが、ふるいつきたくなるような親鶏のムッチリ感、味の深さ・濃さを一度知ってしまったら、もう以前の自分には戻れない。あなたもきっと、ここで熟女の虜になるだろう。
鶏ちゃんの話だけで、ひとしきり盛り上がることができる、というほど鶏ちゃんを愛してやまない明宝の人々。事務局の河合さんを含め、「めいほう鶏ちゃん研究会」では様々なイベントを通じ、その魅力を全国に発信しようと懸命だ。
鶏肉、味噌、醤油というベーシックな味付けは、初めてなのに誰にとっても懐かしさを感じられるはず。どこで食べてもおいしいのだが、ぜひ明宝のおいしい空気と一緒に、鶏ちゃんをたっぷり味わってほしい。

ちなみに「鶏ちゃん」の発音は、「瓢箪(ひょうたん)」と同じイントネーション。正しい発音をマスターして、さあ明宝で言ってみよう「鶏ちゃん、ください」。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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