パブリックアート・陶板レリーフを「クレアーレ熱海ゆがわら工房」で学ぶ

2016.04.30 更新

漫画家・大友克洋氏の原画から制作された作品で話題となった「陶板レリーフ」のパブリックアート。パブリックアートとは公園や駅など、公共の空間に設置されるアート作品のことで、中でも「陶板レリーフ」とは、焼き物(陶)の技術を使って制作する絵画作品のことです。色彩豊かで立体的。そして、巨大な作品を作ることができるので、駅や空港などの広い壁に設置され迫力満点!今回は、日本の「陶板レリーフ」制作のパイオニアで、パブリックアートのすべてに携わる「クレアーレ熱海ゆがわら工房」を訪問。「陶板レリーフ」の制作風景を見学し、その魅力をお伝えします。

▲大友克洋氏の原画から制作された陶板レリーフ(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)

じつは、「陶板レリーフ」と聞いても、どんなものかパッと頭に浮かばなかったのが正直なところ。取材するにあたり「クレアーレ熱海ゆがわら工房」(以下「クレアーレ」)のホームページで調べてみると、「見たことある!」という作品が次々と出てきました。
いつも利用している駅で見たあの作品、待ち合わせの目印にしていたあの作品……。
▲東京メトロ副都心線・池袋駅(地下2階改札内通路)に設置された陶板レリーフ「幸せのリング」(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)
▲東京メトロ副都心線・渋谷駅(地下3階)に設置された陶板レリーフ「きらきら渋谷」(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)
▲仙台空港内に設置された陶板レリーフ「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤ヲ越ユルノ図」(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)

こんな巨大な作品、どうやって作るのだろう?あらためてこみ上げてくる「陶板レリーフ」への興味を抱きながら、クレアーレへと向かいました。

広~い工房に広がる大量の土!

クレアーレは、JR東海道本線の湯河原駅から箱根登山バスで約10分。停留所「落合橋」から5分ほど歩いたところにあります。クレアーレでは、予約をすれば誰でも無料で「陶板レリーフ」の制作風景を見学することができます。

あたたかい笑顔で迎えてくれた代表の中野竜志(りゅうし)さん、造形担当の谷本二郎さんの案内のもと、さっそく工房へ足を踏み入れました。

開放感あふれる広い工房は、吹き抜け構造の2階建て。工房の中央に、どどーん!と土が広がっています。現在制作中の作品とのことで、土の表面をよく見ると、細かな凹凸があり、絵が描かれていることが見てとれました。
▲現在制作している作品の完成サイズは横8.6m、縦3.5m。焼くと10%近く縮むため、完成サイズより10%大きく制作する。完成後の重さは約3tにもなる

「こちらは完成するまで公開できないのですが、とある有名漫画家さんの絵を陶板レリーフで制作しています。作家さんが描いた絵をどのように立体的に表現していくか、綿密に打ち合わせをしながらスタッフ全員で作り上げていきます」(谷本さん)
▲谷本さんは、この道32年のベテラン

巨大な一枚を作る前に、縮小サイズの模型を作る

企画から完成まで1年かかるため、実際に見学できる制作風景は一部ですが、「陶板レリーフ」がどのような工程をふんで生まれるのか、過去の作品やサンプルなどもまじえながら、ていねいに教えてくれました。

まずは、作家さんが描いた原画をもとに、縮小サイズの模型を作ります。模型は「陶板レリーフ」の制作にも使用する土で作り、どのように立体で表現していくかを決めていきます。

ちなみにクレアーレで使用する土は、信楽焼の土です。焼き上がりに強度があり、白っぽくなるので、さまざまな色をつけていく「陶板レリーフ」に適しているのです。
▲現在制作中の作品の原画はまだ公開できないため、過去に制作した大友克洋氏の原画の模型を紹介。これは「陶板レリーフ」の完成後にブロンズにして保存している
▲模型(ブロンズ)の一部を拡大した写真。立体的で躍動感にあふれている

つづいて、模型をもとに図面を作ります。土の厚さを何センチにするか、どこをどのように造形するか、スタッフはこの模型と図面を見ながら造形作業をすすめます。
今回おじゃましたときは、まさにこの造形作業の真っ最中。
▲制作部分を分担し、造形する
▲足場から身を乗り出して土を削ったり盛り上げたりと、力のいる作業だ
▲腰を入れて力を込める
▲足をふんばるときにずり落ちないように、足場には滑り止めの板が取り付けられていた
▲魚かな?

気がつくと、スタッフのみなさんが2階に集合していました。
▲図面を見ながら打ち合わせ中

「イメージ通りの絵になっているか、何度も上から全体を見てチェックします。作家さんの思いや絵を、“立体”に立ち上げていく。完成イメージをみんなで共有しながら作業をすすめていくのです」(谷本さん)

朝の9時から18時まで、みんなでもくもくと作業をします。みなさんの真剣な表情を見ていると、わたしも中に入って作りたい!という気持ちにかられました。それほど、みなさんが生き生きと、楽しそうに制作していました。
▲土が乾燥しないよう、霧吹きで水をかけ土の粘度を適度に保つ

造形したら、作品を分割!

造形作業が終わったら、「焼く」工程に入ります。でも、こんなに大きな作品が入る窯はありません……。そこで、なんと作品を細かく分割してしまうのです!
▲大きな槍のような道具を使って切る。「陶板レリーフ用ナイフ」などどこにも売っていないので……自分たちで作ったそう
▲細かい部分を壊さないように切るには、細く長い刃が必要だ

「顔の部分には分割線を入れない」、「より立体的に見えるようどこで切るか」……などを考えながら慎重に切っていきます。
▲分割したものの見本。土の分厚さがよくわかる
▲中をくり抜いて乾燥させる。すべてのパーツの中をくり抜くまでに1カ月半かかる
▲中をくり抜いたとはいえ、かなりの重量がある

この工程をふみ、ようやく窯に入れることができます。窯は、ガス窯と電気窯を必要に応じて使い分けます。温度は850度。3日ほどかけて素焼きします。
素焼きが上がったら、釉薬を乗せて1,230度で本焼成(ほんしょうせい)。色がよく出て、色味も安定する温度だとか。窯に入れてから出すまでに1週間かかります。
こんなにも細かく分割してしまうなんて、あとで「1ピース足りない!」なんてことになりそうですが、しっかり印をつけて迷うことなく組み合わせられるよう計画されているとのこと。まるで、大きなジグソーパズルのようです。
▲ガス窯
▲電気窯

5,000色もの釉薬を使い、絵画の世界を表現する

「陶板レリーフ」は、彩り豊かな色彩も魅力の一つ。クレアーレでは、原画に合わせて釉薬を一色一色調合し、何十色もの釉薬を使用します。釉薬は、表面の凹凸によって発色の幅が広がるので、絵画にさらなる深みをあたえてくれます。

「調合して完成した釉薬は5,000色はあるでしょう。でも、5,000色では足りません。よく、『陶芸家は“自分の色”に一色でも出会えたら、一生その色を使って作品が作れる』といいます。でも、絵の表現はそうはいきません。造形・素焼きの作業と並行して、釉薬テストを何度も行い、作品に使用する釉薬を一から作ります」(谷本さん)
▲塗り方、重ね方によってどのように色が変わるのかもテストする
▲釉薬の調合を細かく記載しながら、テストを繰り返す
▲テストを終え、絵のどの部分に塗るか決まった釉薬
▲造形チームと釉薬を塗るチームにわかれている
▲釉薬の発色を見るために焼かれたテスト用のパーツ

このようにして生まれた釉薬をかけて「本焼成」を終えたら、「陶板レリーフ」のパーツは完成です。あとは、工房内で仮組み、原画を描いた作家さんのチェック、最終調整を経て、いよいよ現場にとりつけます。
▲クレアーレの「陶板レリーフ」制作スタッフのみなさん

「陶板レリーフの作品は、現場に設置されてはじめて生きてきます。建築空間の中でどう映えるか。魚の絵であれば、ちょっと尾びれを出っ張らしすぎたかな、と思っていても、現場で見るとしっかりとした躍動感につながっていたり、もっとあばれさせてもよかったかな、と思ったり。そんなふうに絵が生きてくるのがおもしろいですね」(谷本さん)

今回見学させてもらった「陶板レリーフ」も、空間の中でどのような存在感を放つか、とても楽しみです。

「陶(焼き物)」の美しさを町づくりにも生かす

工房内では、湯河原駅前整備にともない造られる、壁画専用の壁に設置する作品も作っていました。湯河原の町づくりの一環で、施設の壁や湯河原の見所を案内する看板などに、クレアーレの陶板が使われるそうです。
▲地元の小学生が作った焼き物。土を巻くように折り曲げ、手を押し付けて模様をつけている。小学生に焼き物の楽しさを知ってもらいたいというクレアーレの発案で実現したデザイン
▲湯河原にある温泉スポットを示す看板。道に埋め込まれるそうだ

地元の小学生といっしょに作った一見へんてこな形のパーツ、鮮やかなブルーの文字が美しいタイルのような陶板。町の風景にどのようになじむのか、こちらも完成が楽しみです。
▲造形を担当して35年になる望月さん。「陶板レリーフ」の制作と並行して、湯河原の町づくりプロジェクトにも参加

窓の外の風景も作品の一部に。ステンドグラスも制作

クレアーレでは、ステンドグラス作品も制作しています。「陶板レリーフ」の工房と同じ建物のなかにステンドグラス工房があり、「陶板レリーフ」の見学後に、こちらも見ることができます。

工房内には、色鮮やかなガラスがずらり。これらの四角いガラスの板を、絵に合わせてカットして組み合わせていきます。「陶板レリーフ」と同じく、まずは図面を作り、それを見ながら作業をすすめていました。
▲何百枚ものガラス板。豊富に色がそろっている
▲図面。ガラスの向きやグラデーションの方向も図面に細かく書き記す

ガラスは、最高級の手吹きガラスとうたわれているドイツ・ランベルツ社アンティークグラスや、フランス・サンゴバン社のガラスを使用。ガラス独特の表面のゆらぎや、グラデーションの美しさにこだわって仕入れているそうです。
▲溶かしたガラスを筒状にしてからカットし平面にのばしたガラスを仕入れている。最初から平面に伸ばしたガラスより、表面にゆらぎやグラデーションがあらわれやすく味わいがある

工房にあるさまざまなステンドグラスが、自然光を取り込んでみずみずしく輝いていました。ステンドグラスを通して見る窓の景色も楽しい!ずっと見つめていたいほどでした。
▲ステンドグラスの向こうに見える木も、いつもと違った色や形に見えておもしろい
▲ステンドグラスの一部に絵を描いた作品もある
▲制作過程で余ったガラスを活用して作ったキーホルダーもかわいい

クレアーレでは、駅通路や博物館などを彩るステンドグラスを数多く制作しています。
▲鉄道博物館(埼玉・大宮)の作品「過ぎゆくもの」(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)
▲東京メトロ副都心線・新宿3丁目駅に設置された作品「Hop, Step, Hop, Step」(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)
(写真提供:クレアーレ熱海ゆがわら工房)

アート作品を、美術館ではなく公共の場に

クレアーレの設立は昭和52(1977)年。「美術館だけでなく、パブリックな場所にもアートが必要だ」という創立者・滝久雄氏の思いから、ステンドグラスや陶板レリーフの制作をスタートし、これまでに陶板レリーフ、ステンドグラスなど514点(2016年3月29日現在)もの作品を制作しています。

「陶板レリーフも、ステンドグラスも、1000年持つ素材です。陶板は2500年前から使われている。ですから、ずっとずっと先を見て、長い年月を重ねても力のある作品を作りたいという思いで制作しています。わたしたちにとって“100年先”というのは身近な未来なのです」(中野さん)
▲代表の中野さん
▲「クレアーレ」外観。緑豊かな環境のなかにある

「陶板レリーフと、ステンドグラス、どちらも1枚の絵を違う素材にするという意味では同じです。陶板やステンドグラスの特徴に合わせてどう翻訳するか――。誰が翻訳するかで作品がかわってくる。それもまた、魅力のひとつです」(谷本さん)

今回、「陶板レリーフ」の制作風景を見学して、作品の大きさ、工程の多さ、平面を立体的に表現していく奥深さを知ることができました。そして、どんなにサイズが大きくても、クレアーレのみなさんの手によって、思いを吹き込むように作られていることが伝わってきました。
そんな作業の積み重ねだからこそ、完成した作品は、いつまでもエネルギーを放ちつづけるのだと実感しました。

ぜひ、駅や空港などのパブリックスペースに「陶板レリーフ」や「ステンドグラス」がないか見てみてください。身近な場所で、気軽にアートの力を感じることができますよ。

撮影 阪本勇
齋藤春菜

齋藤春菜

編集者、ライター。出版・編集プロダクションデコ所属。女性の美容・健康・ライフスタイルに関する書籍、雑誌を多数編集・執筆。文芸、料理、アート本の編集も行う。全国各地へと取材に訪れたさいには地元のおいしいお店を必ずチェックする。編集を担当した本に『お灸のすすめ』『瞑想のすすめ』(ともに池田書店)、『足もとのおしゃれとケア』『わたしらしさのメイク』(ともに技術評論社)、『はじめてのレコード』(DUBOOKS)、『顔望診をはじめよう』、『月の名前』、『健康半分』などがある。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る
PAGE TOP