錦湯でひと風呂あびて、地元らしい四富会館の和食処「てしま」へ

2015.06.17 更新

錦市場にほど近い「錦湯(にしきゆ)」は昭和2年(1927年)の創業。銭湯が減り続けているなか、街なかに残る貴重なオアシスだ。地下水を沸かした熱いお湯に身を沈めれば、じんわりと日常から解放されていく。風呂上がりは、ご主人が毎日仕事前に錦湯に通っている和食処「てしま」へ。信じられない値段で大満足の料理を食べ終えた頃には、ガイドブックに紹介される京都とはひと味違う、気を許した京都の姿にすっかり虜になっているはずだ。

錦市場のそばに残る昔ながらの社交場「錦湯」。

錦市場からも昭和初期の趣ある建物が見える錦湯。京都市内には130軒ほどの銭湯が残っているが、なかでも戦前からの外観を留めている貴重な銭湯だ。
暖簾をくぐり脱衣場に入れば、屋号や個人名が入った柳行李(やなぎごうり)がずらりと並ぶ。これらは常連さんのマイ籠で、一般の利用客は番号の入った籠を使うのがルールだ。銭湯は地方によって建物の建て方から入浴の習慣まで様々だが、京都では籠に着替えや荷物を入れ、籠ごとロッカーにしまうのが流儀。見よう見まねでその土地の文化を試してみるのも、よい体験になると思う。
浴室はシンプルながら、井戸水を沸かした熱いめのお湯が浴槽に満たされている。この熱いお湯に慣れると、ぬるいお湯では満足できなくなるから不思議なものだ。しっかりと身体を温めたら、井戸水かけ流しの水風呂にも挑戦したい。この気持ちよさはちょっとクセになる。
この錦湯をひとりで切り盛りするのは、3代目のご主人・長谷川泰雄さん。脱衣場での落語会やコンサートなどを次々と企画する自称「ふろデューサー」だ。番台横の椅子でジャズを聴きながら読書されている姿は、ゆっくりした時間帯の定番だ。
番台では、錦湯の外観を描いたポストカードや『銭湯音頭』という曲を収録したCDなどお土産にできる品も販売している。これらは錦湯好きのアーティストが制作したもの。錦湯の愛され具合がよく分かるだろう。

錦市場の食い道楽も通う四富会館の和食処「てしま」

風呂上がりは、錦湯から2筋東へ行ったところにある四富(よんとみ)会館へ。10席にも満たない小さな飲食店が、うなぎの寝床状の敷地に十数軒通路を挟んで並ぶ、いわば庶民派の飲食街だ。この一番奥に「てしま」という和食処がある。
「てしま」のご主人・高田さんは以前、錦湯の並びで店をされていたことから、12年前に四富会館に店を移した後も、仕込みが一段落すると錦湯でひと風呂浴びて営業を開始するというのが毎日のリズムになっている。
店構えは、一見では少々入りにくいが、錦湯で聞いたと言えば歓迎してもらえる。実際に食事する店を錦湯でたずねてやって来る観光客もいる。
「てしま」で一番のおすすめは、おまかせで6品出してもらえる「あかね」コース。最初にお通しとして出されるひと皿は、いつ訪ねても何が出てくるのか楽しみだ。この日は、季節の味として子鮎の山椒煮のほか、だし巻き、バイ貝、茄子の煮浸し、アジのムニエル風が盛られていた。
料理はタイミングよく次々に出してもらえる。造り、小鉢、寿司、揚げ物、最後にはうどんなどの麺類まで出てくる。もともと寿司屋で働かれていた経験があり、途中に寿司が出てくるのもなんとも嬉しい。しかもこれで1,500円(税込)。消費税アップ後も値上げなし。こちらが申し訳なくなる。
すべてを1人でされているからこそのコストパフォーマンスだが、旨いものをよく知っている錦市場の大将たちが、店を閉めたあとにちょくちょく来られるのも頷ける。
さて店名が「てしま」なのにご主人が高田さんというのは、不思議に思われた方もいるかもしれない。店名はご主人の出身地、瀬戸内海の豊島(てしま)から来ている。
高田さんに「あかね」コースの名前の由来を訊くと、「当時付き合っていた彼女の名前。5,000円のコース名『さが』(要予約)は男の性から」と、冗談か本気か分からない答えが返ってきた。こんな会話もこの店の味。一度行けば必ずまた足が向いてしまう、大切にしたい店である。
林宏樹

林宏樹

フリーライター。銭湯めぐりをライフワークとし、風呂上りの一杯をこよなく愛する。著書に『京都極楽銭湯案内』『京都極楽銭湯読本』(ともに淡交社)、『近大マグロの奇跡』(新潮文庫)など。

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