~高崎市が誇るおすすめ観光スポット~ どちらも行きたい!2大パワースポット&2大梅林

郷梅林

箕郷梅林

梅林の拠点は、蟹沢地区と善地地区の2つ

箕郷町には古くから梅林が広がり、榛名山の南麗、標高140mから390mの丘には、 約10万本の梅の木が植えられています。梅林のアクセスポイントは、「みさと梅まつり」の会場にもなっている蟹沢地区と隣り合わせにある善地地区の2ヵ所。散策を楽しみながら、梅の花を愛でたいという人には蟹沢地区。特産の梅製品などを売る土産物屋が軒を連ねている梅公園が中心で、子孫繁栄、幸福をもたらす御神木として崇拝されている「子育ての白梅」があるほか、近くには地域の守り神「大山祇神社」といったご利益スポットまであるんですよ。高台からの眺めを楽しみたいなら善地地区。多彩な散策路があり、特におすすめのビュースポットは善地広場の展望台で、見渡す限りの360°の眺望が楽しめます。

散策路のベンチ

散策路には木のベンチがあり、のんびりと花見を楽しめます。

子育ての白梅

子孫繁栄、幸福をもたらすご神木として崇拝されています。

一面に白梅が咲く風景はまるで雲海のよう

梅の花といえば、ピンクの花をイメージされる方が多いかもしれませんが、箕郷の梅 は、もともとは観賞用ではなく加工用なので、白梅が中心です。どこまでも続く梅林を歩いていると、まるで雲海の中を散歩しているような気分になれるから不思議。箕郷の梅は、明治初期、地元の農民が山野に自生する「しばうめ」のなかから良品質の梅を選抜し、自家用・加工用に、畑に数本植えたのが栽培のはじまりと推定されています。その後、桑畑の周囲などに植えられていたそうですが、1920年代になると、栽培に適した土地であることに注目して桑を抜き、一面に「白加賀」という梅を植えて、現在のような梅林になったそうです。そんな歴史がある梅林なので、樹齢100年以上の見事な枝振りの古木も。梅の開花は時期が長いので、3月下旬頃までお花見が楽しめそう。

みさと梅まつり 箕郷梅林

箕郷梅林の近隣おすすめスポット

箕郷の梅

箕郷の梅
加工食品もバリエーション豊か

上毛野はにわの里公園の隣にあるJAの農産物直売所「はにわの里」では、箕郷の梅をはじめ、朝採りの新鮮野菜や果物などを買うことができます。箕郷の梅は善地地域、蟹沢地域周辺を中心に栽培されています。主な品種は梅酒用の「白加賀」が中心で、梅干しやカリカリ梅用の「紅養老」・「小梅」のほか、梅干しに向く「梅郷」は、箕郷でも力を入れている品種です。箕郷の梅は、梅酒や梅干しのほか、梅ジャムや梅エキス、梅ゼリーなどに加工されています。

増田和牛

増田和牛
箕郷産の絶品ブランド牛

群馬県内唯一、増田和牛が食べられるのが、高崎市浜川町にある焼肉店 「箕輪亭(きりんてい)」です。増田和牛は豊かな自然が広がる榛名山麓の箕郷町で、畜産農家の増田さんが、36ヶ月にわたり丹精込めて育て上げた但馬牛系統の未経産の雌の黒毛和牛。コクのある赤身に、甘味のあるとろけるような食感が絶品と評判です。月に5~6頭しか出荷されないことから、その分希少価値も高く、都内では大評判で、知る人ぞ知る高崎産のブランド牛です。

みさと梅まつり

みさと梅まつり
日曜ごとにイベントを開催

毎年、3月上旬~3月下旬の梅の開花の時期に開催されます。善地と蟹沢の2つの会場で開催され、善地会場では、梅見茶会、つきたてのお餅を無料配布する春のもちつき大会、蟹沢会場では、カラオケなどの青空芸能大会、梅ジュースや梅の切り枝などの無料配布があります。イベント会場の近くにある散策路の梅のトンネルを歩いたり、展望台から梅林を眺めて、箕郷の梅を堪能できますよ。

みさと芝桜まつり

みさと芝桜まつり
赤、白、ピンクの芝桜が丘を埋め尽くす

榛名山の南東麓に広がる「みさと芝桜公園」は、芝桜の名所として知られています。2.9haの広大な丘状の敷地には、4月中旬~5月上旬にかけて、約26万株の芝桜が一斉に咲き誇り、訪れる人を魅了しています。開花期間中には、「みさと芝桜まつり」も開催され、芝桜ポット苗、なめこ汁の無料配布があるほか、この地域の伝統行事である「きつねの嫁入り行列」などのイベントも行なわれます。

箕輪城まつり

箕輪城まつり
手作り甲冑の武者行列

毎年10月に箕輪城跡を中心に行なわれるお祭りで、手づくり甲冑に身を包んだ鎧武者が、町中通りを箕輪城に向って練り歩く武者行列や箕輪城本丸における鎮魂祭、長野軍と武田軍の迫力満点の攻防戦などが見どころです。新陰流演武、獅子舞、模擬大砲祝砲、箕輪城太鼓、舞踏、箕輪武士、火縄銃演武などのアトラクションがあります。

箕輪城跡

箕輪城跡
石垣・土塁・空堀の跡が残る

榛名山東南麓の丘陵上にあった戦国時代の平山城の城跡で、国の史跡に指定され、日本100名城にも選定されています。永正9(1512)年の戦国時代中期に当地を支配する長野氏の長野業尚によって築かれたという説と、大永6(1526)年、平城天皇を祖とし、在原業平三十代の長野信業により築城されたという説があります。現在は、本丸・二ノ丸・城門跡・堀・土塁などが残っています。毎年10月の最後の日曜日に箕輪城まつりが開催されます。

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