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食文化と豆知識

 

福島

海産物が豊富な太平洋側。冬が厳しい盆地は加工品が豊富

太平洋側の地域は優れた漁港が多く、昔から海産物が豊富。冬の寒さが厳しい会津盆地では、凍豆腐や干し柿、ニシンの飯ずしなど保存食が多彩で、江戸時代の会津松平藩の封建制の影響もあり、独特の郷土料理が発達した。2つの地域の中間の地域では、養蚕が盛んで、養蚕暦に合わせておはぎや餅、団子などで祝う行事習慣が多い。

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ニッポン食の歴史紀行

日本の食文化探訪 だし編

福島の食文化を探求する

  • あの名物の謎をひもとく

    喜多方ラーメンのたゆまぬ努力

    昭和初期、中華麺に近い支那そばを打って屋台を引いたのが原点。当時戦後食糧難の時代で庶民にとって支那そばはご馳走だった。1975年頃からテレビ番組で喜多方市が「蔵の街」として取り上げられ、観光客が増加。観光協会が滞在時間増を狙って団体客の昼食の場所探しを行ったところ、日本料理屋では団体客を受け入れるスペースがなく市御用達のラーメン屋に目をつけた。観光客にも積極的に広報を行った結果、今のように有名になったのだ。

  • 県民の風習

    嫁入り道具はニシン鉢

    会津地方では、厳しい冬を越えるために山や海の幸を加工して保存食としてきた。 特に北海道から北前船にのって運ばれてくるニシンは、山椒漬けやすし漬けにして年中食べられてきた。ニシンの山椒漬けには、ニシンをサイズに合わせて作られたニシン鉢が使われ、このニシン鉢は新婦が嫁入り道具として嫁ぎ先にもっていったといわれる。

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