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食文化と豆知識

 

東京

江戸の料理は小魚貝類が基本!都市の発達と共に食も豊かに

全国各地から名産や食材が集まってくる食の中心地。江戸前寿司、天ぷら、そばなどをはじめ、もんじゃなどのB級グルメや、佃煮などの郷土料理など多様な食が特徴。

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ニッポン食の歴史紀行

日本の食文化探訪 だし編

東京の食文化を探求する

  • 発祥の地ストーリー

    もんじゃってなんじゃ?

    もんじゃ焼きは、東京下町の「月島」が発祥とされている。昔、下町の駄菓子屋さんの店内奥には鉄板の焼き台があって、そこに 小麦粉や片栗粉等の粉を水で溶き、様々な具材を混ぜて薄く焼き、醤油をかけて食べていたそう。そのおやつが子供たちに大人気で、鉄板に文字を書いて焼いて「文字焼き(もんじゃき)」 と呼ばれていたがこの呼び名が「もんじゃ焼き」へ変化したと言われている。

  • あの人物の謎にせまる

    助六寿司は、恋人の名前?

    助六寿司の「助六」は、歌舞伎十八番のひとつ。「助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の通称で、主人公の名前でもある「助六」に由来する。助六の愛人は吉原の花魁で、その名を「揚巻(あげまき)」という。「揚巻」の「揚」を油揚げの「いなり寿司」、「巻き」を海苔で巻いた「巻き寿司」になぞらえ、この二つを詰め合わせたものを「助六寿司」と呼ぶようになった。一説には、助六が紫のハチマキを頭に巻くことから「巻き寿司」に見立て、揚巻を「いなり寿司」に見立てたともいわれる。「揚巻寿司」ではなく「助六寿司」となった由来は、江戸っ子らしい洒落であえて「助六」の名を使ったとする説や、この演目の幕間に出される弁当であったからという説もあるが、単に外題が「助六」だからと考えても不自然ではない。

  • 浅草名物 「雷おこし」

    名称の由来は雷門と「家を興す」「名を興す」がかけられたとされる。江戸時代に、浅草雷門近くの露天商が縁起物として売り始めたのが発祥と言われ、今では浅草名物の土産物として知られる。材料は落花生やゴマを混ぜたものが主流。米をいったん蒸かし、その後煎って膨らませたものに水飴、砂糖、落花生などを混ぜて固めた和菓子。

  • 今川焼きのルーツ

    今川焼きという呼び名は関東のもので、関西や九州では大判焼きや太鼓焼き、回転焼きと呼ばれている。関東でポピュラーな今川焼という呼び名のルーツは「橋」の名称に由来する。江戸時代中期の安永年間(1772-81)のころ、江戸の神田・今川橋付近で売り出されていたことから、今川焼きと名づけられた。名前の語源となった今川橋は、現在では川が埋め立てられたため、日本橋本町4丁目に碑が残されている。

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