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食文化と豆知識

 

山形

関西食文化の影響も。海産物の加工品や、山菜の漬物も豊富

最上川がながれる自然豊かな土地では、果物の味覚が楽しめる。日本海側の庄内では、刺身、塩焼きなど、素材を生かした食べ方が多く、内陸部ではニシンの干物や、カツオのなまり節などの海産物の加工品が食べられてきた。

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ニッポン食の歴史紀行

日本の食文化探訪 だし編

山形の食文化を探求する

  • 発祥の地ストーリー

    佐藤錦、開発物語。

    山形県のさくらんぼ生産量は、年間1万2000トン(平成21年)で、全国の収穫量の70%以上になる。中でも、山形県東根市は、佐藤錦の発祥の地として知られている。佐藤錦は、開発した人の名前。 佐藤栄助(1867-1950)は、資産家の長男として育った。彼が果樹農家を始めたのは、40歳の時。株式投資に失敗し、財産を失ったのがきっかけだそう。栄助は当時出荷が難しいとしてあまり栽培されていなかったさくらんぼに目をつけ、品種改良に取り組んだ。味は甘くくて良いけど日持ちが悪い「黄玉」と、日持ちは良いけど固く酸味の強い「ナポレオン」をかけあわせることからはじめ、よい系統を選んだ。そこから、黄玉のように甘く、ナポレオンのように身がしっかりしているものができ、佐藤錦と名づけれられた。じつは、佐藤錦は苗木を作ることがとても困難で、岡田東作が11年かけてようやく本格的な販売に成功した。佐藤栄助を生みの親、岡田東作を育ての親として、佐藤錦が普及するのにいったのである。

  • ところ変われば食もかわる

    ラーメンは温かい、そんな決まりはない!

    「夏には冷たい蕎麦を食べるんだから、ラーメンも冷たいのが食べたいな」と言ったお客さんの何げない一言が店主の心に残り、「冷しラーメン」開発のきっかけとなったとか。いまだ破られていない40.8度という日本最高気温の記録がある山形の暑い暑い夏から生まれた食文化であり、お蕎麦屋さんだからこそ寄せられたリクエストの賜といえるかもしれない。

  • 食材の魅力

    果物の女王「ラ・フランス」

    西洋なしが日本に入ってきたのは、明治時代にイギリスで栽培されていたバートレットが最初。ラ・フランスは、バートレットの受粉樹として、輸入されたものだった。当時の記録には、実った果実を食べても固くておいしくなかったが、食べられないと捨てておいたら追熟しておいしくなったとの記録がある。昭和40年ごろから、栽培者の中でしか知られなかったラ・フランスが注目を浴びるようになった。ラ・フランスは開花から、実がなるまで時間がかかり栽培に手間がかかるといわれている。山形県は全国の生産量の80%を占めている。

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