みとのうめ|茨城県

水戸の梅

水戸の「偕楽園」の梅からうまれたご当地銘菓

概要

白あんを求肥(ぎゅうひ)で包み、さらに蜜漬けの赤しその葉で包んである水戸を代表する銘菓。日本三大名園のひとつ、水戸の「偕楽園」は梅の名所として名高く、この梅を使ったお菓子ということでうまれたのが”水戸の梅”である。素朴でありながら上品さを感じさせる外観に、白あんの甘みと求肥のもっちりした食感、そして蜜漬けにされた赤紫蘇の甘みとほのかな酸味がマッチした味わいは、他にはないクセになる味を楽しめる。

基本情報

ジャンル お土産
地域 茨城県水戸周辺
このご当地情報の登録者 ぐるたび事務局
備考 -

買えるお店はここ!

  • 好文亭で色々な部屋を見て感激です。皆さんも行って下さい!

    偕楽園の東門から入り、約50メートル先が好文亭です。好文亭は 木造二層三階建ての好文亭本体と木造平屋造りの奥御殿からなり、 その位置から建築意匠まで斉昭が自ら定めたといわれている。 各所に創意工夫と酒脱さを感じさせ、斉昭は、ここに文人墨客や 家臣、領地の人々を集めて、詩歌や養老の会などを催しました。 奥御殿は、城中に出火があった時の避難場所として備えられ、藩主 夫人などが使用しました。好文とは梅の異名で、晋の武帝の 「学問に親しめば梅が咲き、学問を廃すれば開かなかった」と いう故事に基づいて名付けられた。好文亭は昭和20年8月2日末期の 空襲で全焼したが、昭和30年から3年をかけて復元された。

    保坂泰夫さん(東京都大田区) 2018.06.05 21:57
    保坂泰夫さん
  • 左近の桜(さこんのさくら)の説明文を読み良く理解できます!

    左近の桜について!この桜は、天保二年(1831年)斉昭夫人の 登美宮(とものみや)が降嫁の折、仁徳天皇から京都御所の左近の 桜の鉢植えを賜ったことにさかのぼります。東京小石川の後楽園 徳川邸に植えられたこの桜は、天保十二年(1841年)弘道館 の落成にあたり弘道館正庁玄関前に移植されました。その後、初代・ 二代目は枯れてしまい、現在の桜は昭和二十八年(1963年) 弘道館改修工事の完了を祈念して、茨城県が宮内庁より京都御所の左近の桜の系統(樹齢七年)を受領し、弘道館と偕楽園に植えたものです。ヤマザクラの一種の白山桜(しろやまざくら)で、幹の周囲は 三・八四m、高さは16mです。以上が説明分です

    保坂泰夫さん(東京都大田区) 2018.06.05 15:06
    保坂泰夫さん
  • 4月の末に偕楽園を訪問し、梅の木の緑づくしに、感激です!

    今回は偕楽園東門から入りました。見所として、偕楽園は早春に 約100品種、3,000本の梅の花が咲きほこる梅の名所として 知られている。起伏に富んだ地形に、杉林や竹林、桜やツツジ、 萩などの他、表門、偕楽園記の碑、吐玉泉や仙変台など歴史を 偲ばせる史跡があり、四季を通じて楽しむことができる。眼下には 千波湖やたずなき梅林、四季の原など雄大な景色が広がり、 好文亭3階からの眺めは格別です。梅を愛した斉昭:斉昭は、偕楽園 弘道館に多くの梅を植えた由来を種梅記碑(弘道館公園内)に刻 んでいる。梅は春の魁として清らかな花を咲かせ、実は梅千にして 軍旅の用や飢きの時の非常食となることから実用を重んじた。

    保坂泰夫さん(東京都大田区) 2018.06.05 12:34
    保坂泰夫さん
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