つるがじょう わかまつじょう|福島県

鶴ヶ城(若松城)

概要

平成23年3月鶴ヶ城は全国でも稀な赤瓦の天守閣へと生まれ変わりました。リニューアルを記念した特別展示も実施中です。葦名氏七代直盛が至徳元年(1384)黒川城を築いたのが発祥。天正17年(1589)伊達政宗が葦名義広を追って会津を領するが、翌年豊臣秀吉に召し上げられ蒲生氏郷が入封、黒川城を大改修して鶴ヶ城と改称、城下を若松と名づける。その後、上杉、ふたたび蒲生、加藤氏と代わり寛永20年(1643)保科正之が入城、三代正容のとき松平氏を称し、子孫相ついで九代容保のとき戊辰戦争を迎える。現在の天守閣は昭和40年の再建。平成16年3月には天守閣内部がリニューアルされ、会津のシンボルとしての鶴ヶ城で会津の歴史を「学び、遊び、体験」できる「お城ミュージアム」として好評を博している。最上階は展望台になっている。◎葦名盛氏(1521-80)会津生れ。戦国大名。鎌倉幕府の名族三浦氏の裔。黒川城(若松)に拠り、畠山・田村・二階堂ら仙道諸家を攻略、葦名氏の全盛を現出。◎蒲生氏郷(1556-95)近江日野城主蒲生氏の出身。織田信長に仕え、功により伊勢松ケ島十二万石。松坂城を築き、城下町を営む。のち会津転封。◎上杉景勝(1555-1623)越後生れ。戦国大名。謙信の養嗣子。豊臣政権の五大老に列し、会津に転封。関ケ原の戦いに西軍に呼応、家康の打倒を図ったが敗戦して米沢へ移封。◎保科正之(1611-72)江戸生れ。江戸前期の大名。徳川家光の異母弟。初め信州高遠藩保科家の養子。のち会津藩祖となり四代将軍を補佐。その「家訓」は藩風形成の基となる。◎松平容保(1835-93)江戸生れ。幕末の会津藩主、京都守護職に任ぜられ公武合体を推進。意に反して鳥羽伏見の戦いで朝敵とされ、会津戦争に突入。ろう城1カ月、開城後降伏。

基本情報

ジャンル 名所・観光スポット
地域 福島県会津・喜多方
住所 福島県会津若松市追手町1-1
電話番号 【所在地】TEL:0242-27-4005 ; FAX:0242-27-4012 / 【問合せ】TEL:0242-27-4005 ; FAX:0242-27-4012 ; Mail:info@tsurugajo.com ; URL:http://www.tsurugajo.com/ / 【予約先】TEL:0242-27-4005
営業時間 公開:8:30~17:00 入城は16:30まで
料金 【大人】400円 *高校生以上400円/団体(30名以上) 360円 / 【子供】150円 *小中学生150円/団体(30名以上) 135円 / 【その他】500円 *麟閣共通入場券
駐車場 台数:40台駐車場利用料タイプ:有料
このご当地情報の登録者 ぐるたび事務局
備考 【その他】築城年代/昭和

鶴ヶ城(若松城)へのアクセス

会津若松駅からバスで10分

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